神無月の半ば、深まる秋の気配とともに蘇るのは、1988年10月19日というNPB史に刻まれた激動の記憶である。予備校の寮で耳にした「南海ホークスの歌」の音色と、浪人時代の京都を覆っていたどんよりとした時雨空。空白の記憶の… 続きを読む メモリアル10/19——京都の時雨空と南海の終焉。広島を去る決意とホークスへの回帰
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【10月15日の結節点】V1の歓喜と南海最終戦の涙。ホークスの復活と、松田元が破壊した「強さを希求する心」
体の要である腰の痛みに苛まれ、リハビリを経て静かに振り返るクライマックスシリーズの冷たい現実。タイガースの失速とベイスターズの擡頭が示すものは、今シーズンのカープにもCS進出の機会はあり得たという客観的事実だ。それを打ち… 続きを読む 【10月15日の結節点】V1の歓喜と南海最終戦の涙。ホークスの復活と、松田元が破壊した「強さを希求する心」
【訣別の論理】泥船の街・広島にさらば。老害政治と松田元体制を捨て、関西へと「脱出」する
三連休の最終日、スパシーレ祇園の湯に身を沈めながら、私はこの街との決別を静かに、そして決定的に固めた。老害政治と松田元の独裁体制が支配する広島は、もはや沈みゆく泥船に過ぎない。不祥事に目を背け「カルト教団」と化した一部信… 続きを読む 【訣別の論理】泥船の街・広島にさらば。老害政治と松田元体制を捨て、関西へと「脱出」する
どうやったらカープファンやめられるんだろう。
割と最近、そんなことを真剣に思い出すようになってきている。正直なところ、あの「失われた二十余年」の時でさえ思わなかった感情に、囚われるようになっている。理由は分からない。前の見えない暗闇でさえ燭光が見えていたのが、今やそ… 続きを読む どうやったらカープファンやめられるんだろう。
ある鯉党のたはごと2025その8;あれから37年経ちました。
もう、「10.19」といってもなんのこっちゃと感ずる向きが多くなったに違いないが、もちろん近鉄バファローズの戦いが初めて全国区になったといっていい日である。それについては、もう嫌ほど書いたから、繰り返さない。むしろ付け加… 続きを読む ある鯉党のたはごと2025その8;あれから37年経ちました。
いつだって 静かに時は流れて
10月15日。古いカープファンの方は1975年のこの日、すなわちカープ悲願の優勝記念日として刻まれているだろうが、私にはもうひとつある。何度も書いたが、南海ホークスが最後のホームゲームを大阪球場で開催した日、すなわちラス… 続きを読む いつだって 静かに時は流れて
カープが暗黒時代を刻む日
明日からの後半戦は、全く興味が持てない。勝てないからという安易なことを言うつもりはない。何度もいうようだが、私は最晩年の南海ホークスという絶望的なまでに勝てないチームを贔屓にしていた。だから、勝てないとか何とかいうことに… 続きを読む カープが暗黒時代を刻む日
カープファンたちは、「弱い」ということのほんとうの意味を知らない。
善意のカープファンの中には、ふた言めには「弱い時にこそ応援するのが本当のファン」と曰う傾向がある。しかしながら、彼らは「弱い」という言葉をどういう意味で使っているのだろうか。些か疑問である。 そんなの簡単だ、勝てないこと… 続きを読む カープファンたちは、「弱い」ということのほんとうの意味を知らない。
雨の連休最終日に考えた。
残念なことに、今年の連休は4日間しかなかった。その最終日の雨。まさに憂鬱の極みである。まあ無為に過ごして明日への活力を溜めてもよいのだが、明治神宮野球場の試合があったら試合終盤であっただろう時分頃からぼつぼつ書いてみたい… 続きを読む 雨の連休最終日に考えた。
忘れざることごと
昨日の更新は実は20日に日付が変わったあとだったこともあったし、いろんなことを盛り込みすぎたこともあって、36年前の「10.19」については書かなかった。もちろん、さんざん書き尽くしたからということもあるのだが、敢えて引… 続きを読む 忘れざることごと
