今日ははっきり言わせていただく。佐々木泰が試合をぶち壊した。 ろくすっぽ打てもしない「長打の出ない主軸」を重宝し続けた果てに待っていたのは、初球併殺打と痛恨の後逸という目も当てられない大ポカだ。一方、同日に行われたサンフレッチェ広島の戦いぶりはどうだ。セバスティアン・アレーらの躍動により、圧倒的な「得点力」でファンを魅了している。 スポーツの真理はいつだって「点を取ること」にある。「守り勝つ」という心地よい幻想にしがみつき、暗部を抱えたまま敗北を重ねる腐ったカープと、躍進を遂げるサンフレッチェ。対極をなす両者の姿から、現実に目を背け続ける球団とファンの愚かさを徹底的に糾弾する。
今日ははっきり言わせていただく。佐々木泰が試合をぶち壊した。
というより、なぜこんな選手を後生大事に重宝するのか。ろくすっぽ打てもしないのに、である。御用評論家やアナウンサー擬きが「後半戦は好調」などとほざいているが、佐々木が打って勝った試合など一度でもあっただろうか。結局のところ、チャンスで打てないだけの貧弱なバッターであり、間違っても長打など期待できないのが現実だ。
7回の戦犯——「長打の出ない主軸」という残酷な現実
7回に見せた佐々木の攻守における不甲斐なさは、少々安打を重ねた程度で鼻が高くなっていた本人に対する、野球の神様からの「お仕置き」かもしれない。打っては初球併殺打、直後の守備では痛恨のミスで失点を招く後逸。やはり野球脳も野球センスも圧倒的に不足していることばかりが際立つ結果となった。しかし、その惨状をこれまで強く指摘してこなかった私自身も、ある意味では共犯と言わざるを得ず、その点は自己批判せざるを得ない。
実際問題、佐々木は見れば見るほどつまらないバッターになっているように思えてならない。素人目に見ても、ここから豪快な長打が飛び出す気配など微塵もないのだ。右方向へ上手くおっつけて外野の頭を越えるかどうか、というレベルであり、引っ張ってレフトスタンドへ目の醒めるような一発を叩き込む姿など逆立ちしても想像できない。はっきり言うが、主軸打者としては「使えない」のである。
どこかで今の自分の現在地を勘違いしているのではないか。上手くヒットを打って打率さえ残していけば需要がある、とでも思っているのだろう。だが、我々が佐々木泰という打者に求めているのは小手先の器用さではなく、試合を決定づける長打力であり、チャンスでの圧倒的な力強さだ。一体、新井良太打撃コーチは現場でどんな教育をしているのか。少々率が上がればそれで良しとでも教えているのだろうか。
未来予想図は野間峻祥——命がけの気概を見せよ
昔、ヤクルト時代の広沢克己がまだ若かりし頃、打率が上がらないことに焦って流し打ちの安打を放った直後、当時の関根潤三監督から即座に交代を命じられたという。「俺はおめえをそんなつまらねえバッターにするつもりはねえんだよ」——その一言で広沢は目が醒めたというが、今の佐々木にもそれくらいの猛省を促す教育が必要ではないか。もっとも、あの細い身体と長打の出そうにないスイングを見せられている以上、何を言っても無駄かもしれないが。
今の佐々木の「未来予想図」を描くなら、残念ながら野間峻祥の再生産でしかない。高い身体能力を持ちながら何をやらせても突出したものがなく、なにより数字や結果として結実しないあたりが瓜二つだ。せめて「やらかし癖」だけはないかと思っていたら、今日という大一番で見事な大ポカをやらかしてチームを負けに導いた。9回表の打席で少し粘ったところで、私の心には何一つ響かない。当たってでも塁に出るという必死の気概が微塵も感じられないからだ。
佐々木一人を叩く形になったが、事実として彼のミスで負けたのだから弁解の余地はない。彼には「命がけの一生懸命さ」が致命的に欠けているのだから同情の仕様もない。プロの世界において結果に対するエクスキュースの場など一切与えられないのだ。明日もどうせスタメンで使ってもらえるのだろうから、悔しかったら自分のバットでチームを勝たせてみろと言うほかない。
警告試合の醜態と、報われない佐藤啓介
佐々木のおかげで私は早々にカープを諦め、心置きなくサンフレッチェの対名古屋グランパス戦に集中できたため、実際の映像はほぼ見ていない。どうやら1試合4死球を出して警告試合になったらしい。4つも当てれば相手が激怒するのは当然だ。カープ側にしても、先頭打者に出した死球がことごとく失点に直結しているのだから痛恨極まりない。もちろん意図的に当てているわけではないだろうが、バッテリーもろとも猛省してもらいたい。
今日の試合で唯一かわいそうなのは佐藤啓介だ。まともなチームであれば、あの勝ち越しアーチで文句なしのヒーローになっていたはずである。こんな腐ったチームのせいで全てがおじゃんになってしまったのは不憫でならない。ただ、これでしばらくは佐藤をスタメンで固定して使うべきだろう。彼は外野も守れるはずだ。何の役にも立たないファビアンをスタメンから駆逐し、レフトに佐藤を据えてみればいい。
サンフレッチェの躍動と「得点力は大正義」という真理
それにしても、サンフレッチェ広島は本当に素晴らしい。2戦連続ドローで嫌な空気が漂い、前半もスコアレスで折り返したものの、加藤陸次樹が叩き込み、鈴木章斗が決め、仕上げはセバスティアン・アレーだ。何だあの男は。格好良すぎるだろう。チームのスタイルにフィットするか勝手に心配していたのだが、何のことはない、セブの存在が確実にサンフレッチェを変革させている。
躍動しているのは彼らだけではない。鮎川峻は生き生きとピッチを駆け回り、故障から復帰した越道草太の動きもキレキレだ。ここへさらに浅野拓磨が絡み、クシニ・イェンギまで控えているのだから、期待以外の言葉が出てこない。長年の課題であった「流れの中からの得点力」が、今まさに劇的な変貌を遂げようとしている。11年ぶりのリーグ制覇、そして57年ぶりの天皇杯戴冠へ向けて、大いに夢を見て良いはずだ。
サンフレッチェの戦いぶりが証明している通り、あらゆるスポーツの肝は「得点力」にこそある。ディフェンス力などではない。「守り勝つ」などと間抜けな寝言を叩いているのは、世間知らずなカープファンくらいのものだ。現代サッカーにおいてすら「ウノゼロで守り勝つ」などというスタイルは完全に時代遅れであり、それはアズーリの凋落を見れば明白だろう。況んや、1イニングに何点でも取れるチャンスが存在する野球において「守り勝つ」を標榜するなど、滑稽の極みと言うほかない。
善意のカープファンの皆さんにおかれては、もっともっと勝てない苦しみを味わえばいいと思う。「勝てないことの惨めさ」を骨の髄まで思い知るべきだ。もちろん「勝てないチームを応援し続けることこそが真のファンだ」などと宣うカルト集団も一定数存在するが、彼らは遠からず滅び去る運命にあるのだから一切耳を貸す必要はない。そう、松田元もろとも、エトミデート疑獄を契機にして球界の闇と共に消えてなくなるさだめなのだから。
佐藤啓介の起死回生弾すら無に帰すようなチームに、もはや同情の余地など微塵もない。 「勝てないチームを愚直に応援すること」を美徳と錯覚するカルト的なファンも含め、一度骨の髄まで負け犬の惨めさを味わえばいいのだ。得点力を軽視し、暗部を抱え込んだまま衰退していく組織は遠からず淘汰される。 松田元をはじめとする構造的元凶がエトミデート疑獄とともに消えてなくなるその日まで、私はこの冷ややかな視線を緩めるつもりはない。
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コメント
いや、佐々木は野間にすらなれません。