Yahoo!ニュースに掲載された、松田元批判のコラム——。前近代的な球団経営への指摘には賛同しつつも、私に言わせれば「まだまだ甘い」と言わざるを得ない。南場智子オーナーとの比較などという生ぬるい議論では、松田元を支える暗黒の岩盤支持層を崩すことなど不可能だ。必要なのは、松田元的なるものの「完全否定」である。
情けない巨人戦の惨状と、自浄能力を失った信者ブログ群の事なかれ主義を切り捨てるとともに、ルヴァンカップを耐え抜いたサンフレッチェの激闘と粗暴なプレーへの憤怒を交え、広島スポーツ界が抱える「前近代体質」の打破を叫ぶ不屈の批評コラム。
【カープ論】一志順夫コラムの「生ぬるさ」を斬る——松田元なるものの「全否定」からしか改革は始まらない
今日の試合結果など、もはやどうでもいい。本日、カープの暗部に踏み込んだ注目の論考がYahoo!ニュース(高校野球ドットコム)に掲載された。一志順夫氏による『カープの凋落は「ゾンビたばこ事件」ではない!再建の要は松田オーナー中心の前近代的球団経営からの脱却』である。弊ブログの読者諸兄姉にとっては自明の理であり、「蓋しその通り」と頷くほかない内容だ。
しかし、私に言わせればまだまだ甘い。いや、甘すぎるのだ。ベイスターズの南場智子オーナーの先進性と比較したところで、松田元を支える岩盤支持層たる信者どもは「うちにはうちの流儀がある」と一蹴して終わりである。本気で切り込むならば、過去に松田元が重ねてきた悪行の数々を洗いざらい暴露し、「こんな輩がオーナーを名乗ること自体が図々しい」と弾劾する路線でなければ意味がない。すなわち、「松田元的なるもの」の完全否定からしか、チームの変革など起こり得ないのだ。
とはいえ、メジャー媒体のニュースにこの手の批判記事が載ること自体、過去にはあり得なかった。その意味で一志氏の手柄は認めよう。あとは覚悟ある者が声を上げ、松田元体制を根底から打倒するのみだ。「カープを広島に残した功労者」「人情派の名オーナー」などという岩盤層が捏造した誤った幻想を叩き潰すこと——それこそが、カープ再生への唯一無二の道である。
おそらく、既存の自称カープファンブログ群はこの記事を綺麗にガン無視するだろう。彼らは松田元体制への忖度と迎合でしか生存できない哀れな種族だ。人気ランキング上位のブログに壊滅的なほど批判力が欠落していることが、何よりの動かぬ証拠である。この記事をどう扱えるか——そこにブロガーとしてのraison d’êtreが試されているのだ。
件の記事が誤っていると信じるなら、正々堂々と根拠を示して反論すればよい。私とて無批判に受容しているわけではないのは前述の通りだ。しかし彼らに反論など到底不可能である。書かれている内容があまりにも「図星」だからだ。結局、徹底的に無視を決め込むしか芸がない。まさに「縁なき衆生は度し難し」、その程度の哀れみの視線を送っておけば十分だ。
【巨人戦の惨状】パーフェクトゲームでも喰らった方が薬になった
今日の試合に触れておくなら、一言で言えば「クソ」である。カープ単体の問題ではない。読売ジャイアンツも大概な不出来であった。両軍合わせて見せ場が1イニングずつしかない欠陥試合だ。それにしてもジャイアンツさん、たったの3点しか取れなかったのか。カープがまともな野球をやれていれば、どう転ぶか分からない試合だった。
だが、今日のカープには「大喝」を食らわせねばならない。まともな結果を残したのは中村奨成ただ一人ではないか。戸郷翔征相手に手も足も出なかった奨成を除くオフェンス陣には、恥を知れと言いたい。これなら、いっそパーフェクトゲームでも喰らわされた方がチームの薬になったのではないか。だから勝てないのだ。上位に上がれないのだ。申し訳ないが「佐々木泰の4番構想」などというとち狂った策は、新井監督の発想ではないだろう。裏で糸を引く松田元の差し金に違いない。どこまでこの男はチームを骨抜きにすれば気が済むのか。
だから一志氏には「何を思ってあの程度の記事に留めたのか」と問い質したい気分だ。少し取材を行えば、松田元の惨状などボロボロと溢れ出てくるはずであり、明確な取材不足と言わざるを得ない。もし松田元自身に変革を期待できると考えていたのなら、それはあまりに甘い。猛省を促したいところだ。
【サンフレッチェ論】リアリズムの先にある「アトラクティヴなフットボール」への乾渇
カープの不毛さに引き換え、ルヴァンカップ2回戦を戦ったサンフレッチェである。結果だけ見れば順当勝ちだが、劣悪なピッチコンディションの中でよく耐え抜いた。最大の敵は栃木シティではなく、激しい雨とピッチだった。先に先制を許していれば危険な展開だっただけに、価値ある勝利と言える。何より重傷者が出なかったことが幸いだ。鮎川峻の先制弾直後、相手のラフプレーに対してチーム全体で即座に激しい憤怒を示した姿勢も評価したい。
JリーグやJFAの傘下において、「勝つためなら相手の主力人物を削ってもいい」という野蛮な思想に染まったチームが存在するのは極めて遺憾だ。満田誠というスターのキャリアに暗雲を込めた小田逸稀、トルガイ・アルスランに凶悪なファウルを浴びせて引退へと追いやった櫻川ソロモン——彼らのような存在は本気でピッチから追放されるべきである。残念ながら、こうした粗暴なプレーを模倣するクラブがカテゴリーを問わず存在しているのが今の日本サッカー界の惨状だ。
次は天皇杯3回戦。論点は本日と同様になるだろう。「勝利というリアリズム」と「内容の追求」をどのようにaufhebenしていくか。今のサンフレッチェであれば、必ずやその高い壁を乗り越えてくれるはずだ。セバスティアン・アレーも復帰し、クシニ・イェンギもデビューを果たした。次こそは、胸が躍るようなアトラクティヴなフットボールが見たい。リアリズムの追求も重要だが、それだけでは我々のフットボールへの飢えは満たされないのだ。
松田元の支配を全否定し、その呪縛から解き放たれない限り、カープに真の再生など訪れない。生ぬるい批評や忖度まみれの言説で現実から目を背けるのは、もう終わりにしようではないか。
カープが前近代的な停滞から抜け出すための構造改革と、サンフレッチェが目指すアトラクティヴなフットボールの結実——。求めるものは単なる目先の白星ではなく、理念を持った誇り高き勝利だ。歪んだ体制を打倒し、真に愛せるチームを取り戻すまで、私は何度でも書き続けていく。
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コメント
一志順夫コラムの南場智子オーナー評、違うんやない?
DeNAスポーツ事業戦略とベイスターズAI強化プロジェクトの先進性は認める。でも、オーナーの個人プレーに依存していないと記している一志順夫の南場智子オーナー評、全く逆やん。南場智子も独裁でっせ。現場に、いっさいの権限を与えないという点では。ベイスターズの現場も、南場智子のマリオネットでしかない。松田元と手法が異なるだけ。
何だかんだ言っても、プロ球団トップの独裁色に濃淡はあれど、現場にノータッチという幻想はあり得ない。三木谷なんかは、典型的な独裁者である。
松田カープ一族の殲滅は言うまでもなく、NPBも一新したほうがよい。