広島カープは緩やかな死を選んだ:白々しさだけが残る試合と構造的疑獄の現実

スポーツ

昨日の今日で、よくプロ野球興行を打てるものだと思う。 本来なら恥ずべきことである。しかし、頭の悪いカープファンの中には、 今回の件をまだ羽月隆太郎に端を発した“個人の問題”だと思っている大莫迦者が多い。 カープという球団の構造的な疑獄であるという認識がない。 いや、敢えてその認識を避けている向きは、もう消えてなくなれと言いたい。 この期に及んでまだ理解できないのなら。

だから今日の試合は、白々しさだけが残った。 褒めていいのは髙太一と大盛穂だけかもしれない。 床田寛樹はノックアウト寸前のところをドラゴンズが助けてくれただけで、 「6回1失点」という数字が示す内容ではまったくない。 むしろ、一生懸命投げる気がなかったのではないか。 こんな暑い中、昨日の今日で投げられるか――そう思ったとしても不思議ではない。 そういう意味でも二重に白々しい。

結果的にヒーローになったのは菊池涼介だが、 よくファンも歓呼の声を上げられるものだと思う。 菊池のコメントもそれらしく整えてはいたが、 田舎芝居を見せられているような感覚しか残らない。 それを見せられているファンもいい面の皮だ。 いや、もはや共犯なのだろう。 こうやって不都合なものから目をそらされ、 結果として松田家支配体制の護持が図られる。 アホかとしか言えない。

今日の試合は、断じて競り勝ったものでも劇的な逆転勝利でもない。 こんなカスみたいな試合を負けているようでは、 「逆転Aクラス」などと言いたくなる惨状を呈している。 ドラゴンズの先制点は床田の野選、 カープが追いついたのは髙橋宏斗の適時失策。 しかも両チームともそのチャンスを攻めきれなかった。 救われない。ほんとうに両チームともクズだ。

申し訳ないが、ドラゴンズも今のカープに負けているようじゃ駄目だ。 今日のカープはまったく戦えていなかった。 いや、私も鬼でも蛇でもないから、 昨日の今日で「命がけの一生懸命」を求めることはできない。 右を左にする程度の一生懸命さはあったかもしれないが、 命を燃やすような戦いはまったく見えなかった。 よってこんな試合、木戸銭を取って見せてはいけないレベルだ。

しかし、そうならざるを得ない。 カープは自ら緩やかな死を選んだのである。 この期に及んでなお白を切る道を選んだのである。 だったら、死なせてあげようではないか。 今の体質のカープなど存続に値しない。 他球団に失礼だし、見せられる側もたまったものではない。

それでもオールスターブレイクを挟んで連勝ということにはなる。 だが、そんなことに何の意味があるのか。 戦えない野球チームの勝ち負けを追うことは虚しい。 もはや茶化すにも限界が来ている。 ふつふつと湧き上がる怒りを表に出すべきだし、 そのベクトルは球団当局に向けられるべきだ。

今日は、生の怒りが強すぎて文にならない。 この程度にしておく。 カープの構造的欠陥を晒して崩壊していく姿を直視するのは辛い。 そして腹立たしい。 しかし、これが現実だ。 その構造的欠陥を作り上げたのが「カープファンを名乗る者」であることが、 余計に怒りを呼ぶのである。

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