長い沈黙の末に発表された、田中広輔の内野守備走塁コーチ就任。「功労者の帰還」という美談の裏に漂うのは、無反省と無策が透けて見える圧倒的な「幕引き感」だ。それはファンを宥め、改革のポーズを取り繕うための「変えたふり」のアイコンに過ぎない。
オフェンス補強の放棄、コーチ適性への疑問、そしてチーム内の人間関係を無視した泥縄人事——松田元が推し進める「変わったふり」の欺瞞を暴き、球団解体の深淵と「終わりの始まり」を冷徹に切開する。
【人事の迷走】「終わりの始まり」を告げる田中広輔のコーチ就任
これまで全くと言っていいほど動きのなかったカープのスタッフ編成であったが、本日、田中広輔を内野守備走塁コーチへ据える旨が報じられ、すでに公式発表もなされた。このような物言いをすれば本人には些か失礼かもしれないが、漂うのはあまりに露骨な「幕引き感」である。言わせてもらえば、無反省のまま何の深謀遠慮もなく繰り出された泥縄人事だということが一目で丸わかりだ。
思い返せば、カープにおける内野守備走塁コーチの配置は、以前から誠にいい加減なものであった。申し訳ないが、かつての小窪哲也の就任など冗談の域を出ていなかったし、三塁ベースコーチの起用方針にしても何を考えているのかと詰問したくなる局面が多々あった。しかし、現在のコーチングスタッフが悉く松田元の差配による「案件」である以上、現場が邪険に扱えないという構造的限界が存在する。そもそも、監督の任用自体からして極めていい加減なのだから推して知るべしである。
はっきり言おう。これはカープのスタッフ人事における決定的な「終わりの始まり」である。松田元はこの人事で一件落着と決め込み、あとは内部の微調整で茶を濁す腹づもりなのだ。彼奴が大々的なコーチングスタッフの改革など鼻から考えているはずもない。本気で組織改革を意図していたならば、少なくとも4連覇を逃した直後の段階で着手していたはずである。要するにチームを優勝させる気など微塵もないからこそ、手をつける気すらないのである。
【欺瞞の構図】「変えたふり」のアイコンとオフェンス補強の放棄
さらに言えば、現在ファンの中でマグマのように渦巻いている「オフェンス担当コーチの外部招聘」など、今後も絶対にあり得ない。なぜなら松田元の真の目論見とは、カープのオフェンス能力の弱体化とコントロールに他ならないからだ。昨年、福地寿樹や新井良太を宛がった采配の裏には、「ファンのガス抜きが必要になれば、真っ先にこの二人を蜥蜴の尾切りとして差し出す」という透けて見える意思表示が存在すると解釈すべきだ。
したがって今回の田中広輔の招聘も、例によって松田元と球団当局が画策した「変わったふり・変えたふり」のための便利なアイコンに過ぎない。こうした子ども騙しのパフォーマンスは彼奴の最も得意とするところである。だが、未だにこのような浅薄な詐欺的レトリックにファンが騙され続けてくれると高を括っている感性には、呆れを通り越して恐怖すら覚える。その図太さと感覚の鈍さは、前科十数犯の詐欺師すら青ざめるレベルと言わざるを得ない。
【無策の末路】「看板」の威光に依存する独裁者への告発
蛇足ながら言えば、冷静に考えて田中広輔に何ができるというのか。走塁指導であればまだしも、センスや技術の領域であれば赤松真人という優れた存在がすでにおり、そこへ田中広輔を配置したところで屋上屋を架すに過ぎない。では守備面はどうか。私には田中広輔の守備が特筆して優れていたとは到底思えない。少なくともショートとしては一流半であり、何より致命的な弱肩を抱えていた。肩が弱くとも誤魔化せる裏技でも伝授しようというのか。
要するに、松田元はどこまでもファンを舐めきっているのだ。「三連覇の貢献者」という威光の残る看板を差し出せば、ファンが易々と騙されると信じ込んでいる。だが一方で、同じく松田元の寵愛を背景にチーム内で肥大化した存在感を放つ菊池涼介がいる中で、コーチ然とした田中広輔の言葉に誰が耳を傾けるというのか。誰も言うことなど聞きはしないだろう。もっとも、松田元はそれすら織り込み済みで任命しているはずだ。チーム内における波及効果など最初から計算すらしていないのだから。
大事なことであるから何度でも繰り返す。田中広輔に一体何ができるというのだ。彼がカープにとって良き指導者として機能する姿など、私には微塵も想像できない。そして最後に突きつける。ふざけるな、松田元。君は本当にカープという球団を根底から解体し、瓦解させるつもりなのか。もしこれ以上その愚行を推し進めようとするならば、我々は君という独裁者に向かって静かに銃を構え、その引き金に指をかける覚悟がある。
「三連覇の功労者」という過去の看板にすげ替えるだけで、ファンが再び欺かれ、納得すると高を括るその慢心。これこそが、長年にわたりカープというクラブの真の成長とガバナンスを蝕み続けてきた毒素の正体である。
変わったふりの演出で誤魔化せる段階は、とうの昔に過ぎ去った。現場の混迷と球団の退廃を招く独裁の暴走に対し、我々は沈黙を守るのではなく、厳重な不信任と怒りの引き金を引く覚悟を持たねばならない。
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