理不尽な判定と非紳士的な戦術に沈んだサンフレッチェの痛恨、そして何ひとつ過去の過ちを清算できぬまま明日を迎えるカープの暗雲——。今夜の広島のスポーツ界を覆うのは、まさに”Dies irae”と呼ぶに相応しい怒りと絶望の交錯である。
エトミデート疑獄のガバナンス不全から目を背け、松田元の私物化を容認し続ける体質に対して、なぜ怒りの声を上げないのか。明日に控えた自身の人生を賭けた勝負を前に、都市の鬱屈とスポーツの欺瞞、そして希望なきドラフトの真相を叩き斬る。
【審判の日】理不尽なラフプレーと裁きの不在
今日のゲーム内容、そしてこの街を取り巻くスポーツの惨状に対して、腹の底から湧き上がる怒りを抑え込むことができない。今日のサンフレッチェは、実に久しぶりに見るに堪えない惨憺たる試合を見せつけられた。ピッチ上で展開していたサッカーの構造や質そのものは決して悲観するものではなく、相手を圧倒していた。しかしながら、ミラーゲームで単にブロックを作り、守ってカウンター、追い詰められれば容赦ないファウルで流れをぶち壊すという、日本サッカーの発展を根底から阻害するプレイに対して、格の違いを叩きつけて叩き潰せなかったこと自体が痛恨極まりない。プライドあるクラブなら絶対に選ばない戦術であっても、なりふり構わぬ弱者は必ず真似をしてくる。この歪んだ戦術への解を早急に導き出さねば、シーズン最終盤で取り返しのつかない爪痕を残されることになる。
特に今日のV・ファーレン長崎の振る舞いは、汚悪の極みであり、サッカーという競技への侮辱と言っても過言ではない代物であった。弱者のリアリズムと言えば聞こえは良いが、その実態は身体をぶつけては誇張して倒れ込み、ファウルを掠め取って時間を浪費し、辛うじて勝利を拾い上げたに過ぎない。さらに輪をかけて酷かったのが、主審を務めた木村博之の惨状である。サンフレッチェ側が受けたファウルは悉く見過ごされ、ピッチ上の公正さは完全に崩壊していた。結果だけで言えば、交通事故にでも遭ったと割り切るほかない。まだたった一つの敗北で右往左往する段階ではないのが救いである。
しかし、サンフレッチェにとってあまりにも高くついたセバスティアン・アレーの退場劇——あれは100パーセント江川湧清による悪質な自作自演である。事案の真相は知る由もないが、無謀にもアレーへ突っかかり、頭部が掠めただけで大袈裟にピッチへ転がり込んで退場を誘発した。フェアプレー精神の欠片も持ち合わせていない粗暴なプレイヤーとして、私の記憶に深く刻み込まれた。過剰な悪質ファウルを繰り返す櫻川ソロモンともども、二度と視界に入ってきてほしくない存在である。ピッチから消えてなくなるべきだ。
V・ファーレンを率いる高木琢也監督は、言わずと知れたサンフレッチェの歴史に名を残すレジェンドの一人である。それゆえに辛辣な批判は控えたいところだが、今日の醜悪な戦術と振る舞いに対しては「正気を疑う」と言わざるを得ない。今後、長崎との対戦において軽々しく「ピースマッチ」などという高尚な言葉を口にしてほしくはないものだ。平和を希求するという理想から最も遠い場所にある非紳士的な振る舞いしかできないクラブに、平和の名を冠する資格など微塵も存在しない。
この痛恨の敗戦により順位は3位へと後退したが、町田ゼルビア戦もFC東京戦も丸々遺されている現状において、悲観に暮れる必要はどこにもない。ただ繰り返すが、恥も外聞もなく低レベルな破壊的サッカーで勝ち点だけを掠め取ろうとする輩への対策は緊急の課題である。これはアジアの頂点を狙う上でも避けて通れない試練だ。前任者が克服できなかった愚かな轍を踏むことだけは断じて許されない。Gaulなら、必ずやこの理不尽を叩き潰す最適解を示してくれると信じている。
【怒りの日】不祥事を抱えたままのドラフトという滑稽劇
本来であれば、明日に迫ったドラフト会議に向けて前哨戦的な展望の一本でも書き上げたいところであった。しかし、現在の私の頭の中にはドラフトの「ド」の字すら浮かんでこない。それも当然であろう。カープという組織が自らの構造的欠陥を何一つ正さず、反省の色すら見せないまま、なし崩し的に年中行事としてドラフト会議へ参加することへの強い違和感、そしてその欺瞞に対して何ら疑問を抱かない一部ファンの決定的な堕落ぶりに呆れ返っているからだ。
現在の混迷した状況下で、ドラフト会議の会場に松田元という男がしゃしゃり出てきて、VIP顔で着席すること自体が他11球団に対する重大な冒瀆である。これほど愚劣な振る舞いを平然と行う球団が、日本のプロ野球界のどこに存在するのか。他球団のオーナー陣は多忙を極め、現場のシミュレーションを尊重するからこそ席を外すのだ。カープの経営陣が晒しているのは単なる恥ではなく、NPB全体のガバナンス不全を象徴する醜悪な老害そのものである。
それ以上に許しがたいのは、あのエトミデート疑獄に対する清算も謝罪も完了していない状況で、アマチュア球界や独立リーグの尊い有望株たちに対し、どの面下げて「我が球団に来てくれ」などと要請できるのかという点だ。その無神経さには寒気がする。もし私が指名候補選手の親きょうだいであれば、あるいは指導者や球団経営者であるならば、そのような不透明な組織への入団は絶対に拒否させる。あるいは「松田元の完全退陣」を指名の絶対条件として突きつけるだろう。
そうした当たり前の倫理的想像力が、一部のカープファンには致命的なまでに欠落している。エトミデート事件が突いた本質とは、単に不心得者が不祥事を起こしたという話ではない。カープという組織のガバナンスが根本から崩壊しており、企業として体をなしていないという事実そのものなのだ。それを理解できず、球団当局が垂れ流す「羽月悪玉説」に易々と飛びつく哀れな自称ファンたちの存在こそ、この球団の真の不幸である。
そうした暗澹たる現実を前にすれば、ドラフト前夜の浮かれた騒ぎなど反吐が出るほど下らない。だからこそ、今日のサンフレッチェの勝利によって鬱屈した空気を吹き飛ばしたかったのだが、事態は思惑通りには運ばなかった。ついでに触れるならば、ドラゴンフライズも9連勝を飾りながらも勝ち点差で2位に後退したという。どうやら今日の広島のスポーツ界は、打つ手すべてが裏目に出る仏滅の三隣亡のごとき惨状であったらしい。
私事になるが、明日は自分自身の今後の人生に向けた大きな勝負に挑まねばならない大切な一日である。運命のドラフト会議はその決戦が終わった後の出来事となるが、疲弊し切った心身でまともに画面を見つめる気力があるかは怪しいものだ。例年であれば「素晴らしい若者との良い縁があらんことを」と願うところだが、今年に限って言えば、カープに指名される選手に対して哀れみすら覚えてしまう。選手を育てるノウハウも、その価値を高めるプロデュース能力も皆無となった現在のカープに入団することなど、若者の未来にとって何一つメリットなど存在しないのだから。
明日、私は自分の未来を切り拓くための勝負に挑む。運命のドラフト会議はその決着がついた後に訪れるが、もはやそこに抱く高揚感や期待など微塵も残されていない。
選手を育てる能力も、不祥事に向き合う倫理観も失った組織に指名される若者たちの未来を想えば、胸に去来するのは哀れみと冷ややかな絶望だけだ。欺瞞に満ちた宴の裏で、崩壊へと向かう球団の時計の針は、今夜も静かに、そして確実に時を刻み続けている。
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