減少を続ける観客数が物語るライト層の「静かなる拒否」。昨夜のヒーローインタビューで放たれた「妄言」は、選民思想に浸るコア層を喜ばせた反面、勝利の神様と世間の冷ややかな視線を一気に買い込んだ。エトミデート疑獄から目を背けさせるため、「育成のカープ」という安易なお題目に逃避する球団の虚妄。龍谷大学の不祥事公表すら下回る自浄能力のなさを嘲笑しつつ、失われた言霊と歪んだ組織の末路を冷ややかに切り捨てる。
言霊の代償と、「本当のファン」という錯覚
やはり、言霊というものは存在すると思わざるを得ない。昨日のヒーローインタビューにおける髙太一の「妄言」——敢えてそう呼ばせていただくが——それが野球の神様と勝利の女神を怒らせたことは、想像に難くない。いや、何より一番怒らせたのは、スタンドに足を運ぶ観客かもしれない。今日の入場者数発表は2万1205人。昨日からさらに数字を減らした。スタンドの閑古鳥を見るに、実数はもっと少なかったはずだ。どうせ髙本人は何も考えずに喋ったのだろうが、土壇場で地頭の悪さが露呈してしまった格好だ。
敢えてあの場面にフォーカスしたい。きっと本人はそんなつもりはなかったと言い訳するだろうが、まるで「いま見に来ている客こそが本当のファンである」と言わんばかりの物言いだった。もちろん、それはとんでもない了見違いである。いかにライト層が離れていったかの経緯は何度も触れてきたので繰り返さないが、カープというチームに、いや球団の側にこそ「見放されるだけの理由」があったというべきなのだ。
今日の試合について言えば、語るべき内容は存在しない。あの妄言によってツキも運もすべて逃げてしまった、ただそれだけである。最後は大盛穂が盛大にやらかして自滅したが、そもそも一昨日4安打したからといって、片山皓心相手に1番スタメンで起用する指揮官の采配自体が間違っている。たまに気まぐれで打つ程度の選手に過ぎないのだから、あのような大ポカをやらかせば、本来ならいよいよ居場所などなくなるはずだ。
「育成のカープ」という虚飾とコア層の錯誤
しかし、エトミデート疑獄によって首が回らなくなっているカープ球団は、コア層に訴求するための新たな「推しアイテム」を必死に探している。それが「育成出身選手の出世譚」だ。大盛はその筆頭格であり、持丸泰輝、名原典彦、佐藤啓介、辻大雅、さらには辰見鴻之介あたりもその枠組みに入れていい。球団は今、必死になって「育成のカープ」なる訳の分からないお題目を唱えているのである。
はっきり言おう。だからライト層が離れていくのだ。育成出身だろうが何だろうが、チームの欠くべからざる主軸へと成り上がれば文句はない。しかし、いまの彼らはその域にすら達していないのだ。それにもかかわらず、あたかも目覚ましい戦果であるかのように誇ってみせる。その感覚のズレこそが問題なのだ。ライト層が求めているのは、胸をすくような本塁打を放ち、目を見張るような投球を見せる本物のスタアである。そのアイコンこそが大谷翔平ではないか。
育成上がりを数だけ揃えたところで、そんなものは「育成球団」とは呼ばない。いまの彼らは、酷な言い方をすれば十把一絡げであり、チームの核ではないのだ。真の育成球団とは、チームの主軸となるべきポテンシャルを秘めた素材を獲得し、それを一人前に育て上げる組織のことである。この本質を、一部のコア層は完全に履き違えている。いや、意図的に目を背けていると言うべきか。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という精神構造そのものである。
不祥事を隠蔽する組織の末路と、冷めた視線
そもそも今年のカープは、今のままではドラフト会議への参加自体が危ぶまれる惨状である。エトミデート疑獄の清算すらできず、予後を見誤り、いまだに燻らせているような組織に、誰が好んで行きたいと思うだろうか。誰が大切な選手を行かせたいと思うだろうか。高校や大学には学校のブランドイメージがあり、社会人チームであれば企業の看板に関わる。本当に挙って拒否される未来が目に見えているのだ。コア層の皆さんは、その残酷な現実に気づいているだろうか。
折しも、関西六大学リーグの雄である龍谷大学野球部が、部内の暴力や不適切行為によって1か月間の活動停止処分を受けていたとの報道があった。内容を見る限り同情の余地はなく、そういう体質だったのだろうと思うばかりだ。もっとも、私自身はアマチュア球界の廉潔性など爪の先ほども信じていないし、昨今のスポーツエリートには一種の反社会性に近い危うさすら感じているので、どうでもいい話ではある。しかし、甘い処分とはいえ誠実に不祥事を認め、大学側がプレスリリースを出して公表した点だけは、組織として最低限の筋を通したと評価できる。
それに引き換え、我がカープはどうか。エトミデート疑獄が発覚して以降、ひたすら口を噤み続け、とにかく無かったことにしようとする姿勢ばかりが目立つ。要するに、まっとうな組織ではないのだ。そんな欺瞞に満ちたチームの野球を、一体誰が見に行きたいと思うのか。何に感動しろというのか。だからこそ、繰り返しになるが昨日の髙のコメントは、決して口にしてはならない「妄言」だったのである。
明日からのスワローズ戦、果たしてどうなることか。明日の相手先発は奥川恭伸だ。そもそもいまの打線で点が取れるのだろうか。まっとうなチームであれば、今日の片山など木っ端微塵に打ち砕いていたはずだ。今日もテレビでうるさいだけの解説を垂れ流していた野村謙二郎は、この期に及んで「打線が頑張らないと」などとコメントしていたが、「そうした野球を長年にわたって否定し続けてきたのは君たちではないか」と、冷ややかに言い返してやりたい気分である。
不祥事に蓋をし、歪んだ思想でファンを選別する組織に、勝利の女神が微笑むはずもない。プロとしての矜持も廉潔さも失った「神権帝国」が叫ぶ虚しい題目など、去りゆく客足の前では何の意味もなさないのだ。欺瞞を重ね、自浄すら放棄した末に待つのは、静かなる無関心と徹底された拒絶だけである。その当然の報いを、ただ冷ややかに見届けることとしよう。
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