ある鯉党のたはごと2025最終章前編;広島から人がいなくなる日

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広島県が人口の転出超過日本ワーストになっていると言われて久しい。私は言うまでもなく由緒正しきよそ者広島人だが、さもありなんとしか思えない。はっきり言って、街に魅力がない。よそから人を招いて、これぞ広島だと胸張って案内できるスポットもない。要するに、街作りというものをまったく考えられずに作られた街だというのがよく分かるのである。

その理由として考えられるのは、何度も書くが第三次産業の致命的な弱さである。もの作りには確かに強みを持つ。山海の産物にも恵まれている。しかし、それを生かすも殺すもサーヴィス次第である。でも、広島にはそれがない。あえて言い切らせていただくと、ホスピタリティの精神が足りないのである、全体的に。

その象徴が、MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島である。確かに器はよい。欠陥建築ではあるが。しかし、それを中心にして街が開けていけていないのである。だからせっかくの好立地なのに街が開けていかないのである。あれだったら、ヤード跡地になんて作らなかった方ががましだったとさえ思う。東京ドームは次元が違うとしても、京セラドーム大阪やバンテリンドーム ナゴヤと比べても、比較にさえならない。ましてやエスコンフィールド北海道なんて相手にもしてもらえぬ。

そのこと自体は、別に悪いことではない。遅れていることは強みでもあるのだ。当然その後からもっといいものを作れるからである。MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島も開場から17年、いかに手を変え品を変えしても陳腐化は避けられない。ならば根本的に変えれば良いのである。簡単ではあるまいが、不可能ではない。知恵と工夫を出せば良いのだ。事実、エディオンピースウイング広島といういい例があるではないか。

ところが、広島人の悪いところは、知恵も工夫も出さないことである。それどころか、遅れているからいいんだとさえ言いかねないところである。広島は愚直にもの作りをしていればいいんだと言わんばかりの言辞がまかり通りかねない街なのだ。よって第三次産業の遅れが加速する。遅れれば遅れるほど町は廃れる。そんなの当たり前の道理だ。そして若い人は広島を見放す。その結果が転出超過だ。

広島には広島大学というそこそこの総合大学があり、そこには全国から人が集まる。しかし、それが広島で就職するかどうかは別だ。特に首都圏や関西圏から来た人は広島なんぞに目を向けない。広島近辺で育って広大に行った人が広島に残るかという程度かもしれない。逆に広島にはそれなりに優秀な高校があって、進学実績を上げているが、東京や関西の大学に行った人はほとんど広島には戻るまい。広島との違いを知ってしまったら戻れなくなるだろう。

もうひとつ救われないのは、広島人は割と真剣に広島は街として格が高いと思っているところだ。半世紀近く前にはよく「札広仙福」と並び称されていたようだが、その中でも広島は格上だと信じていた節がある。いや、今もそうかもしれない。しかし、実際は違う。仙台はよく知らないので比較はしないが、もはや福岡とは周回遅れだし、札幌とも大差がついている。なのにそれに目を向けない。よってますますダメになる。

さらにダメなところは、広島という街は完全なジェロントクラシィにあることだ。若い者の意見を聞く体制にない。そしてその長老たちは権威や権力に弱い。そのなれの果てが広島市役所と広島県庁だ。こんな澱んでいる組織は、そうはない。これだけ盆暗のトップを抱えていたら下の者はやってられないだろうと思う。そしてそんなのに対する対抗馬が出ないことが、それに輪をかける。

私もすでに広島在住が通算31年になる。生まれ故郷である赤穂市の在住期間を抜いてしまった。しかし、広島に殉ずるつもりはさらさらない。近いうちに広島を引き払ってよそに住みたいと真剣に考えている。なんでこんな腐った街に殉じなければならないのか。その理由はない。

独裁君主だった湯崎の劣化型専制君主である横田は、相も変わらずこの論点についてとんちんかんな施策を打ち出している。諸悪の根源は自分であることに気がついていないか、目をつぶっているか。まあ気がつかないほどのあほうであるということなのは、確かだ。こんなのを選ばされなければならない広島県民もいい面の皮だが、これもまた広島版ジェロントクラシィの弊害だろう。

いずれ広島は、若年性の人口が激減し、本当に将来性のない都市に成り果ててしまうだろう。カープ、サンフレッチェ、ドラゴンフライズ、サンダーズ、広響と有力なコンテンツを揃えていても、それを売り出すだけの知恵がなければ駄目だし、そもそも論としてお客さんがいなくなったら首を絞められたも同然なのである。それを知らない広島人は、おめでたいものだと思う。

今や広島という街は、完全な難破船、いや泥船である。私はそれに乗るつもりはさらさらない。さっさと逃げ出したい。広島の街の優位性を語るのは、神州不滅を語って戦争に挑むのと同じくらい愚かなことだ。しかし、多くの広島人はまだそれに陥っている。救われないが、救いたくもない。

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コメント

  1. りゅう より:

    河井夫妻の事件と広陵高校野球部の件で、広島のイメージはマイナスに引っ張られました。広島県民は自浄作用がないのかという疑いは今でもあります。

    あとは、私が阪神ファンだからというのもありますが、マツダスタジアムのビジター席は隔離されているようで、イヤな気持ちになります。
    もちろん、甲子園の外野レフト席や三塁側をカープファンで埋めつくされるのはしょうがないです。その時は、カープが強くて、阪神が弱いということですから。

  2. Иван Иванович より:

    広島県が人口の転出超過日本ワーストは仰る通りだが、前にも述べたように、我が兵庫県もワースト3だから、何となく分かるような気もする。県庁所在地広島市と神戸市衰退の共通点は、両都市とも“都市の物語”を失ったということでは。広島:復興と平和、神戸:国際港湾都市・ハイブランド文化。しかし、21世紀に入りその物語が更新されず、若者が共感できる未来像が提示されていない。都市は物語を失うと衰退する。街の規模に関わらず風景の均質化、回遊性がない、物語がない。これらは、都市の“生命力”が弱っている証拠。広島・神戸の衰退は「都市の身体性が死んだ」と言い換えてもいい。

    取り分け神戸は、日本の主要な国際貿易港五大港の一つとして、国際港湾都市の中でもランクの上位だったのが、震災で崩壊し今やランク外で、上位復活の目処も立っていない。

    広島市より神戸圏(芦屋・西宮を含め)が深刻なのは、地形。平地が極端に少ない。
    神戸圏の「坂の街」崩壊は、すでにデータで始まっている。古くからの「坂の街」は言うまでもなく、ニュータウンの高齢化は“限界集落化”レベル。神戸市のニュータウンでは、65歳以上が42%に達する地区がある。高齢化都市では「坂」は致命的や。歩行速度の低下、買い物難民化、医療アクセスの悪化、車を手放した瞬間に生活不能。これらが重なると、坂=生活不可能地帯になる。
    坂の街は“高齢化に耐えられない”「坂の街は維持できない」という判断が、すでに行政レベルで始まっている。

    逆に海側には津波リスクがある。南海トラフ地震の発生確率は30年以内に70〜80%とされ、
    自治体のハザードマップが「消滅区域」を示すことで、海側の価値は長期的に下落し続ける。 神戸圏(神戸芦屋西宮)は「山側は坂で死ぬ、海側は津波で死ぬ」という構造的な現実がある。

    極論を言えば、神戸圏で全国に向けて誇れるのは、灘中高だけかも。

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