わたしのラジオ・デイズ(赤穂市の鯉党ヴァージョン)

おもひで

私の生まれ育った赤穂市は、東西北を山、南を海に囲まれた天然の要塞のようなところである。赤穂が栄えたのは決して製塩という金のなる木があったからというだけではないのだ。ちなみに、江戸時代にはすでに上水道ができているところである。

ところが、その天然の要塞が放送受信には妨げとなる。在阪キー局の放送は最後までUHFだったし、最後発のテレビ大阪は映らなかった。ラジオも昼間はともかく、夜になるとABCやMBSですら怪しくなるし、ラジオ大阪は聞こえづらく、KBS京都はそもそも昼も夜も入らなかった。だから、「ぬかるみの世界」も「ハイヤングKYOTO」も聞かずに育っている。

そもそももともと赤穂市の放送局は岡山のそれだったらしい。電気会社も関電ではなく中電だったと聞いたことがある。そういえば赤穂市には大阪ガスは来ていない。それに、赤穂弁は播州弁に近いのだが、アクセントが逆、つまり東京弁アクセントなのである。それはさておき。

ならばカープファンとしてどうだったか。もちろんジャイアンツ戦はラジオ日本系列のラジオ関西があり、タイガース戦はABCとMBSがあるので良いとして、残る3球団との対戦のときはどうしていたか。以下はAMラジオ世代の方には共感してお読みいただけるかもしれない。

まずは、RCCの受信を試みた。昼間は無理だが。大きめのラジカセを使うと夜ならそれなりに聴けた。雑音も大きかったが。これでカープ戦だけでなく、伝説の番組である高橋慶彦のグッディ・グッドミュージックも聴いた。余談だが。

しかし、あまりの雑音はストレスもかかる。それで色々試みたところ、まず夜になると東海ラジオを比較的クリアに拾うことが分かった。これでドラゴンズ戦はクリア。そして試行錯誤の末、ニッポン放送を拾うことに成功した。これでホエールズやスワローズとのアウェイ戦を比較的クリアに聞けるようになった。

しかし、それでも雑音だらけは厳しい。そこで、よりクリアに拾える近隣のラジオ局を狙った。比較的クリアだったのは西日本放送と徳島放送で、ニッポン放送やTBSの全国ネットのカープ戦を受けている時を狙って聞いた。

実はもうひとつ救い主がいた。他ならぬラジオ関西である。キー局のラジオ日本はご承知の通りジャイアンツ戦中継局だが、後楽園球場の試合の放送権がある代わりにハマスタや神宮に入れなかったのである。このときに、よく市民球場のカープ戦の中継があった。特に当時のエースアナウンサーだった故島碩弥さんは、解説抜きでしゃべっていたのである。

それから思うと、今のカープファンは恵まれている。CS環境があれば、或いは些か高いがDAZNとJSPORTSオンデマンドに入れば、全試合どこからでも映像を見ることが可能だ。ついでに言えば、カープに関する情報もWEBで簡単に手に入る。私の時代は、「月刊カーブファン」がすべてだったのである。

それをくぐり抜けて、最初こそ広島のカープ情報の恩恵に浴した自分が思うに、今や広島でカープファンをやる意味なんてどのくらいあるだろうかと思う。広島で流れる情報なんて全てハジメの検閲が入っていることは周知の事実だ。なら聞かないほうがましとさえ言える。アスリート社がアスマガを廃刊してまでカープ専門誌を出す意味なんて、どのくらいあるんだろうか。

話が最後大幅にそれたが、たぶん在広以外のカープファン、いや推し球団の本拠地以外の土地にお住まいだった方にとっては、わかっていただける話だろうと思い、つらつらと認めてみた次第である。いや、まだ当時の私は、いやカープファンは恵まれていたのである。このことだけは強調しておきたい。

今やナイター中継は本拠地のある都市の局だけになってしまったし、地上波中継は劇的に減っている。正直もっと野球というスポーツのエンタメ性を高めなければ、今にプロレスと同じ道を歩むだろう。あの宮内義彦が仕掛けた球界縮小再編をやっていたら、間違いなくそうなっていた。

私は古田敦也は大嫌いだが、あの時に選手会を結束させた能力は認める。ある意味球界を救ったことは間違いない。それにひきかえ宮内の野郎、バファローズが日本一になったらしゃしゃり出てきやがって、ほんと石礫でも投げてやればよかったのにと思う。

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