私がダウンタウンの漫才を初めて見たのは、まだ御代が昭和の頃だった。それなりに面白いとは思った記憶がある。ただ、今から思うとその面白さの正体は、どちらかと言えば気弱に見える松本人志(当時はそうだったんだよ)が、明らかに凶暴に見える浜田雅功を明後日の方向からやり込めて困らせるという、コント的なものだったのだんだろう。正直、まともなしゃべくり漫才をやっていたらきっと面白くなかっただろうと思う。
かの横山やすしは若かりし頃の彼らの漫才を「チンピラの立ち話」と切って捨てたと言うが、分かるような気がする。しゃべくり漫才をするにしては松本人志の滑舌の悪さが災いして、テンポが上がらないのである。だから、天才漫才師としてのやすしには認められなかったのだろう。いくら笑いを取っていても。その判断は、結果的に正しかったような気がする。
事実、彼らの漫才は永遠に完成することなく終わってしまった。そもそも彼らが完成することを拒否したから仕方あるまい。ただその方向性は、東の異才によって一定の完成を見た。強面に見える男をそうでない方がある意味狂気で困らせるスタイルを確立したサンドウィッチマンである。もっとも、伊達みきおは強面に見えるが目はそうでもなく、むしろ富澤たけしのほうが目が怖い気がするけどね。もっとも、彼らが自認するとおり、彼らの芸は本質的にコントであり、漫才とはちょっと違う気がするのであるが。
話を戻して、御代が平成になった頃から、ダウンタウンをフィーチャリングしたテレビコメディ番組が始まった。しかし、見るに堪えなかった。あれは「藝」ではない。全くの一部ネタでしかなかった。ダウンタウンとその子分(当時で言えば130R;板尾創路とほんこん)が集まって学芸会をやっていたようなものだ。いわば芸を放棄した者と芸無しがつるんでいただけなのであって、面白かろう訳がない。で、私は彼らを見放した。
それから三十有余年。笑いの芸人としては永遠に低空飛行を続けるだろうと思っていた二人ではあるが、浜田雅功は仕切り芸で司会者としての地位を築き、今に至る。まあそれは悪くない。あまり見たくはないが。一方の松本人志であるが、年を取るごとに王様然として、いつのまにか笑いの世界の頂点に祭り上げられている。まあ、噴飯物だ。だって、その武器を磨き上げる機会も新たな武器を得ることも放棄したまま年だけ食った者が、最初から面白かろう訳がないから。
ただ、松本人志も莫迦じゃないから,そんなことはわかりきっていると思う。話芸として彼の弱点は、前述の通り滑舌が悪くてしゃべりのテンポが上がらないこと。そしてツッコミに強力な存在がいないと光らないことである。だから、通俗的なボケ役をやると、存在が消えてしまう。生き残るために編み出したのが、今に至る「イジメ芸」(芸とは呼びたくないけどね)ではあるまいか。「ガキ使」なんで昔何度か目にしたことがあるが、まあ酷い。よくプライムタイムでの放送が許されるものだ(関西と広島は深夜帯だが)。
正直まだまだ書きたいことはあるのだが、tautologyに陥るだろうからやめておく。敢えて言うなら、橋下徹とその一味が後ろについていて生き延びているということくらいか。
で、このたび松本人志が窮地に陥っている。彼に助け船を出しているのが彼の子分ばっかりというのがもはや彼が絶体絶命に追い詰められている証拠と言えるだろう。しかし、笑いの芸の世界にとっては、彼が退場することはちっとも損失ではない。むしろ良かったと言えるだろう。コンプライアンスがどうこうではなくて、面白くない上にまともに笑いを取る努力をしない芸人がフェイドアウトするのは当たり前のことだ。
まあ、Requiemと言うよりは天の裁きの論告要旨みたいになってしまったが、別に一人の人間としての松本人志をどうこういう気はない。ただ、笑いの芸人さんとしてはとっくに終わっていたねというだけだ。唯一糾弾されることがあるとするなら、にもかかわらず天才然として振る舞い、「藝」ならざる芸を振り回したことだろう。だから、島田紳助みたいにすっぱり身を引いたら、なにも言う気はない(紳助の一件はそりゃ松本人志と段違いに悪いけど)。
願わくば、Requiemが「怒りの日」に達するまでに、松本人志が自分でけりを付けんことを。でないと、本当にすべてが灰燼に帰してしまうかもしれないよ。
人気ブログランキング広島東洋カープランキングサンフレッチェ広島ランキングにほんブログ村にほんブログ村
コメント