ドラフト会議を目前に控えながら、そこに高揚感など微塵も存在しない。エトミデート疑獄をめぐる暗愚な幕引きと、現場に介入し続ける松田元の私物化体質が、指名戦略という名の壮大なシミュレーションを根本から歪ませているからだ。
「俊足好打」や「正体不明の即戦力」という空疎な触れ込みで小粒な駒を溜め込んできた過去の過ちを繰り返してはならない。オーナーの個人的な「物語性」を徹底的に排除し、自軍のターンで残っている最良の選手を愚直に指名する「BPA」へ舵を切ること——それこそが、崩壊に瀕したカープが取るべき唯一にして冷徹な最適解である。
【高揚なき悪夢】不祥事と私物化に塗れた指名戦略
ドラフト会議まで残すところあと二日となった。しかしながら、こちらの胸の鼓動は驚くほど静かなままである。当然だろう。現在のカープを取り巻く惨状と悲惨な戦力層を眺めて、ドラフトひとつで劇的な絵図面を描ける者など、よほどの楽天家か現実が見えていない者くらいだ。さらにそこに輪をかけるのが、球団当局がうやむやに幕を引こうと企図したエトミデート疑獄である。球団のガバナンス不全と危機管理意識の欠如がここまで露呈した以上、未来ある有望選手たちから敬遠されたところで何ら文句は言えまい。この明白なリスクを理解できない一部の盲目的なファン層の存在こそ、この球団の悲劇である。
プレスのカメラしか入らなかった昭和の長閑な時代とは異なり、現代のドラフト会議は一般観客の視線に晒される開かれた場である。あの恥ずべき不祥事と不甲斐ない成績を棚に上げ、球団幹部連中は一体どのような面下げてあの席に着くつもりなのだろうか。松田元という男は、自己の立場と金銭的損得にしか関心を示さない強固な鉄面皮の持ち主ゆえ、何事もなかったかのようにすまし顔で現れるのだろう。もし会場に真の野球ファンが居合わせるのであれば、その存在に対して無言の、あるいは明確な抗議の意思を示すことこそが、健全な野球界のための道義というものである。
現代のプロ野球におけるドラフト会議とは、自軍の欠損部位の緻密な分析、他球団の動向予測、ウェーバー順の妙味を組み合わせた壮大なシミュレーションゲームに他ならない。トップに君臨する老人の一言や思いつきで指名選手が決まるなどという時代錯誤の運用は、他球団から見れば嘲笑の対象でしかない。そして、その異常性を「伝統」や「温かみ」などと錯覚し、批判的な視線を持てないファンの多さには失笑を禁じ得ない。
相も変わらず松田元は、ろくに野球の構造すら理解していないくせに指名現場へ浅はかな口出しを続けていると聞く。やれ家庭環境がどうだ、やれ田舎の原石だのと、骨董品のような「物語性」にいたくご満悦の様子である。現在チームが直面している冷酷な戦力不足を一切無視し、一人の老人の個人的なノスタルジーで指名枠が浪費されていく現状を、なぜファンは忌々しく思わないのだろうか。
今年のドラフトは、カープという崩壊した組織を立て直すための最低限の一里塚でなければならない。素人の身勝手なロマンなど百害あって一利なしだ。指名会議をまともなものにする手取り早い解決策は、会議場となるグランドプリンスホテル新高輪の客室に、あのオーナーを外側から施錠して閉じ込めておくことくらいだろう。もちろん、周囲の人間がオーナーの妄言を冷ややかに無視できるだけの見識を備えていれば済む話だが、スカウト部長の田村恵をはじめとする忠実な僕たちに、そのような芸当ができるはずもない。
【身の程を知れ】「BPA指名」こそが唯一の最適解
前置きはこれくらいにしておこう。では、この壊滅的なチームがドラフト会議で取るべき立ち回りは何か。答えは極めて単純である。
「自分たちのターンで残っている、最も評価の高い選手を愚直に指名する」——これ以上の解は存在しない。
今のカープにおける補強ポイントなどを議論すること自体がナンセンスである。なぜなら「すべて」が足りないからだ。辛うじて格好がついているのは中継ぎ陣の一部のみで、イニングを消化できる先発投手も、まともに外野の頭を越せる打者も、ことごとく流出あるいは衰退の途上にある。どのポジションであれレギュラーが保障されている選手など皆無であるという冷徹な現実を、まず認識すべきだ。言うまでもなく、この穴をドラフトの指名権だけで埋めることなど不可能であり、本来であれば国内移籍市場へ果敢に参入しなければ解決しない。だからこそ、特定のポジションへの即戦力期待という甘い幻想を捨て、愚直に「その場で最も優れた駒」を選び続けるほかないのだ。
1巡目の指名候補として、青山学院大学の渡部海捕手を推す声が一部で囁かれている。確かに現在の捕手陣の層の薄さは目を覆うものがある。しかし、即戦力として期待するのであれば、かつての古田敦也クラスの完成度と成長曲線を求めるのが筋というものだ。もし彼との縁がない場合、あるいは事前のリスク回避として、二遊間や強打のサードへと標的を変更する柔軟性こそが求められる。
最も愚かな選択は、「とりあえず投手」という安直な指名に逃げることだ。思慮の浅いファンが最も陥りやすい罠なのだが、ここ数年だけでも「正体不明の即戦力」やら「大型秘密兵器」やらという空疎な触れ込みに、一体何度騙されれば気が済むのだろうか。こうした学習能力のなさがチームを弱体化させ、松田元の「ロマン枠」という名の妄想を生み出す温床となっているのだ。
もう一つ付け加えるならば、「俊足好打の内野手」などというプロフィールの選手は二度と獲得する必要がない。そうした小粒で線の細い選手ばかりを溜め込んできた結果が、現在の貧打線という惨状である。その典型例であった矢野雅哉に至っては、チームの構造を根底から荒らすだけ荒らして去っていった。その不愉快な余波は別としても、これ以上同種の駒を集める必然性はどこにもない。
結論は至極明白である。これまで球団内部を蝕んできた「松田元の個人的思想」と、それを無批判に追従してきたカルト的ファン層のガラパゴス的思潮を完全に否定・排除すること。それこそが、このドラフト会議を乗り切るための唯一にして最大の最適解である。度々繰り返すが、現在のカープにとって真の敵はタイガースでもジャイアンツでもなく、もちろんホークスでもライオンズでもない。他ならぬ松田元であり、その支配を盲信・容認し続けるカルトファンそのものなのだから。
プロ野球のドラフト会議は、老人の個人的なノスタルジーを満足させるためのごっこ遊びの場ではない。他球団が冷徹なデータ分析とシミュレーションに基づいて駒を配置する中、独自のガラパゴス的思潮に浸り続ける組織に未来などあるはずもないのだ。
必要なのは、松田元という最大の障壁と、それを容認し続けるカルト的ファン層の幻想を根底から打ち砕くことである。目先の誤魔化しを捨て、愚直にその場で最高の評価を持つ駒を選び続ける覚悟を持てない限り、この球団に混迷からの出口が訪れることは永遠にない。
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