勝ちを棄てた街で、静かに緑の鷹を想う——「ハジメ神権帝国」の落日と四十数年目の諦観

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混戦が続くセ・リーグにおいて、数字の上ではまだ逆転のチャンスが残されている。しかし、今のカープに反転攻勢をかけるような熱量や体制は微塵もない。露呈する「勝利を追求しない」組織構造、松田元による神権的独裁、そして不祥事の陰影——。ドラフト候補生からの忌避報道すら「何をいまさら」と受け止めざるを得ないほどに冷え切った現状と、狂信的なファン界隈の歪みを前に、四十数年におよぶ情熱の果てに漂う静かなる諦観を告発する。

反転攻勢の好機に漂う、静かなる無風

もはや今シーズンは終わったかと思いきや、実は3位ベイスターズとのゲーム差は3.5。今後の戦い次第では逆転の可能性がまだ残されているという、なんとも締まらないセントラル・リーグのあり様である。リーグ全体のレベル低下もここまで来ると、阿呆らしさを通り越して清々しいくらいだ。しかし、いまのカープがこの「千載一遇のチャンス」をものにできるかと言われれば、甚だ覚束ない。

明日からはホームでの6連戦、相手は3位ベイスターズと4位スワローズである。ここで連勝して勢いに乗りさえすれば、まだ何が起こるか分からない。普通のチームであれば「まだまだ反転攻勢だ」と息巻くこともできるはずだし、戦う体制にある組織なら当然そうするだろう。だが、今のカープにそのような熱量は皆無だ。もし勝利への執念が残っているのなら、あのような無様な負け方を晒すはずがないのである。

「神権的独裁」と勝利を棄てた組織の現実

もはや今のカープは戦う集団でもなければ、組織として優勝を目指す体制にもなっていない。チームの現状を見つめれば見つめるほど、その事実は明白となる。グラウンドやベンチに漂う白けた空気、松田元が隅々まで口を出す「神権的独裁体制」——こんな組織が勝ち抜けるわけがない。エトミデート疑獄の陰影がチラつき、何をやってもそれと結びつけられてしまうのは身から出た錆にほかならず、もはや怒りの拳を振り上げることすら虚しい。

そんな折り、今朝配信されたデイリー新潮のWEB記事で、カープがドラフト候補生から忌避される可能性について触れられていた。私から言わせれば「何をいまさら」という感しかないが、唯一目新しかったのは、単にエトミデート疑獄だけを問題視するのではなく「カープが勝利を追求する体制にない」という本質を指摘していた点だ。この一点を公に突いたことだけは、大いに評価したい。

カープというチームから魅力が潰えた根底の原因は、端的に言えば「とても優勝を目指しているように見えない」ことにある。とにかくチームの補強・強化をやらない。おざなりにドラフト指名と外国人獲得を行って終わりであり、血の入れ替えなど皆無だ。現役ドラフトをこれほどネガティヴに扱っているのはカープくらいだろう。外部から見れば「やる気があるのか」と映るのは当然であり、これからプロの世界に飛び込もうとする若い選手たちにとって、敬遠すべき十分な理由となり得る。

カオスの中の信者たちと、形骸化する「推し」の美学

しかし、それでも一部のコアファン層はこの現実を理解しようとしない。「カープを忌避するような生意気な有望株はいらない」「カープの理念を理解するそれなりの選手が来てくれればいい」と真剣に考えている節すらある。こうなってしまった原因のすべてが松田元にあるのは自明だが、彼らが唯一絶対神と崇める松田元、そしてその預言者たる鈴木清明の支配から脱しない限り、その真実に気づくことはない。彼らが目を覚ますには「改宗」ほどの覚悟が必要なのだから、土台無理な話なのだ。

エトミデート疑獄についても未だに羽月隆太郎が発端であり火付け役だと信じ込んでいる向きが多いが、それが誤りであることはいずれ明白になるだろう。いや、構造自体はすでに解明されているのだが、彼らは信じない。このようなカオスの中に身を置くと疑似科学や似而非哲学が猛威を振るうものであり、それを打破するための論理的な説得も、客観的なエヴィデンスの提示も、一切の効力を失ってしまうのである。

本来なら、こうしたカープの現状はおかしいと声を上げるのが当然だ。現にライトなファン層は静かに離脱しており、それは明日も見せつけられるであろう空席の目立つスタジアムが雄弁に物語っている。ファンが推しのチームに勝ちを求め、強くあってほしいと願うのは、プロスポーツにおける普遍の前提である。

ところが、「ハジメ神権帝国」においてはその前提すら機能しない。一部のコア層は「弱いチームを一生懸命応援する自分」というナルシシズムに酔いしれ、倒錯した錯誤に陥っている。単に自分たちだけで思い込む分にはマイノリティとして淘汰されるだけだが、問題はそれを他のファンにまで押し付ける点だ。結果として客離れを加速させているにもかかわらず、彼らは「弱くても応援し続けるのが本当のファン」という歪んだ論理を持ち出して自己正当化を図る。

長き情熱の果てに去る「箱推し」の理由

私自身、1983年5月31日に『月刊カープファン』を手にして以来、四十数年にわたってこのチームを追い続けてきた。良い時期も悪い時期も、どうしようもなく酷い時代も見てきた。しかし、今年ほどカープというチームそのもの、そしてその周りを取り巻くカープファン界隈に対して深い幻滅を覚えたことはない。

いっそのことカープファンを辞めてオリックスバファローズを応援できればどんなに楽だろうかとも思う。しかし、今のバファローズにはどこか心をざらつかせる違和感が残る。少なくとも宮内義彦が表舞台から完全に消え去らない限り、本当の意味での「箱推し」をする気にはなれない。だが、カープがエトミデート疑獄の予後を見誤り、さらにファンを愚弄するような開き直りを見せるのであれば、自分の中での優先順位はいよいよ覆るかもしれない。

元を正せば、私は南海ホークスのファンでもあった。今のソフトバンクによる健全かつ力強い球団経営のあり方はプロとして正しい一面があると思っているし、先祖返りして「鷹の爪」を追う大義名分は最初から持っているのだ。

そう口にすれば、「結局は強いチームに日和ったのか」と冷笑する愚か者が現れるかもしれない。その時は、ただ静かにこう言い放てばいい。

「そうだ、日和ったよ。勝利を愚直に追求しないプロ野球チームなどゴミクズも同然であり、そんなものに『箱推し』の価値などないからね。申し訳ないが、私は君たちのようなMasochistではないのだから」

プロスポーツチームの存在価値とは、愚直なまでに「勝利」を追い求める姿勢そのものにあるはずだ。それを棄て去った組織に執着し、歪んだナルシシズムで自己正当化を重ねる空疎な言説に付き合う筋合いはない。長きにわたる愛着の果てに辿り着いたのは、怒りすら湧かない冷ややかな静寂だった。勝利を追求しないものに「推し」の価値などない——その当然の真理を、いま静かに突きつけたい。

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