ああヒロシマよ君を泣く。 その25

あまからAvenue

神無月の晦日、霜月の到来とともに見えてきた広島脱出の確固たる道筋。青春の記憶が残る古都・京都への帰還を前に、長年暮らしたこの街の食文化やホスピタリティの限界、そして第三次産業を軽視してきた都市構造の陰影を冷徹に振り返る。
元選手の生き様や「カープの看板」が持つ本来の重みに思いを馳せるとき、浮き彫りになるのは球団内部の極限に達した規律の緩みだ。エトミデート疑獄という氷山の一角から、ハインリッヒの法則が予見する組織内部の退廃とガバナンス崩壊の深淵を鋭く突く。

【神無月の晦日に寄せて】古都への帰還と広島という都市の陰影

神無月も晦日を迎え、八百万の神々が出雲の地から御帰還遊ばされる時節となった。明日からは霜月である。いよいよ晩秋から初冬へと季節が移ろい、当地広島の昼間の暖かさも陰りをみせ、最低気温は軒並み一桁台へと落ち込む予報が出ている。暑がりを自負する私であっても、さすがに上着を手放せない季節がやってきた。

私事にわたることで恐縮だが、長らく温めてきた広島脱出計画がいよいよ最終局面を迎えつつある。もちろん単にこの地を去るだけであれば易い話だが、生活の基盤となる食い扶持を確保せぬわけにはいかない。まだ確定とまでは言えぬものの、次の職について確たる目処が立ちそうな気配となったのである。これが成就した暁には、計画は決定事項へと変わる。

脱出の目的地が、私にとって青春の思い出と複雑な情念が入り交じる古都・京都であるのは、一種の運命的な皮肉と言えるかもしれない。起き上がり小法師の如く、離れてもなお引き寄せられる宿縁を感じざるを得ない。かつて予備校の寮生活という灰色の日々を含め、通算3年を過ごした地に、今度こそはより深い関わりを持ちたいと願っている。もっとも、昨今のオーバーツーリズムによる喧騒には少々興醒めさせられる部分もあるが。

仮に上洛が叶うとしても、京都市民として落ち着くか否かは流動的である。単身であれば迷わず市内に居を構えるが、家族を伴うとなれば相応の物件探しという現実的な壁が立ちはだかる。結果として居住地は阪神間となる可能性も高い。それにしても、返還義務を巡ってトラブルの絶えない敷金の潜脱手段として機能している「礼金」という慣習は、一体いつから当然の顔をしてのさばるようになったのか、首をかしげざるを得ない。

【ホスピタリティの不在】食文化に透けて見える都市の弱点

住環境の議論はさておき、「食を享受する」という点において、関西が広島に対して圧倒的なアドバンテージを有していることは疑いようがない。広島は一見すると海の幸・山の幸に恵まれているように思われがちだが、実のところ「飛び抜けて旨く、かつ広島でしか味わえないもの」は驚くほど少ない。自慢の特産品とされるものですら、ことごとく関西圏からの異議申し立てに晒されるのが現状だ。誇り高き牡蠣にしても、個人的には兵庫県赤穂市坂越産のものに軍配を上げるし、瀬戸内の鯛や小魚も、明石の「前どれ」の鮮魚と比較すれば一歩を譲らざるを得ない。

酒どころを称する割に、広島の酒が私の口に馴染まないのも一因である。私の好みはやはり灘や伏見の銘酒に傾く。加西の「富久錦」、姫路の「龍力」、赤穂の「忠臣蔵」などはその最たるものだ。しかし物流が高度に発達した現代において、なぜか広島の市場ではこれらの名酒が排除されているかのように手に入らない。地域柄の排他性が作用していると邪推したくなるほどだ。

何より決定的なのは、上質な食材を優れた技術と心地よい空間で提供する名店が、広島の街にはあまりにも乏しいという事実である。県外からの客人を胸を張って案内できる店は数えるほどしかない。ここには、第三次産業を軽視し、ホスピタリティ精神を欠いたまま発展を怠ってきたこの都市の構造的弱点が如実に表れている。通う価値のある店として思い浮かぶのは、かつて独身時代を過ごした楠木町のお好み焼き「ロペズ」や台湾料理「黄さんの家」、あるいは「ますゐ」程度だが、「ロペズ」や「黄さんの家」の店主がアウトサイダーであることは極めて象徴的だ。

【看板の喪失】エトミデート疑獄が告発するプロ意識の瓦解

例外的に「Haraya」や「カープ鳥きのした」、「カンナサムギョプサルASA」といった店に惹かれるのは、単なる味以上の付加価値が存在するからに他ならない。元選手のセカンドキャリアとして飲食店経営は一つの理想的な道筋であり、カープの重厚な看板を活かさない手はないはずだ。しかし、激しい修行に耐えうる気骨を持たぬ現代の選手たちに、それを期待するのは酷かもしれない。その意味で、現在事業で健闘を見せる戸田隆矢のような存在は、もっと高く評価されるべきである。

「カープの選手である」という看板は、本来それほどまでに重い意味を持つ。グラウンド上のパフォーマンスのみならず、ひとたび街へ出ればその行動一つひとつに高いプロ意識と規律が求められるのは当然の義務である。それゆえに、今年発覚したエトミデート疑獄に象徴される不祥事は、単なる個人の逸脱というレベルを超え、球団内部における「規律の底抜け」を告発して余りある。

「ハインリッヒの法則」を引き合いに出すまでもなく、表出化した事件は氷山の一角に過ぎない。球団内のガバナンスとコンプライアンス意識の麻痺は、すでに極点に達していると診るべきだ。たとえ今回の「ゾンビたばこ」騒動に直接連座していなくとも、近いうちに全く別の倫理違反や違法行為によって司直の手がかかる選手が現れたとしても、私は何ら驚かない。この退廃こそが、現代カープの真の姿なのである。

組織の甘やかし構造とホスピタリティの欠如が生み出した不条理な特権意識——それこそが、プロとしての矜持を失わせ、組織を根底から腐敗させた元凶に他ならない。
「ハインリッヒの法則」が示す通り、破滅への足音はすでにすぐそこまで迫っている。外圧や他者への依存を捨て、ファン自らの手でこの歪んだ支配構造と甘やかしの連鎖を断ち切ること。それだけが、この街とチームが真の再生へと向かう唯一の道筋である。

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