聖子世代のバラード

おもひで

1969年生の私にとって、最初に女性アイドルとして認知したのは天地真理に花の高1トリオというところだ。そしてキャンディーズ。その中でも桜田淳子が一歩抜けてたかな。キャンディーズは、歌はともかく、「8時だよ!全員集合」や「見ごろ食べごろ笑いごろ!」でのコメディエンヌとしてのイメージも強かったと思う。そしてその後にピンク・レディーが大席巻するわけである。

で、キャンディーズが解散し、桜田淳子もアイドルという世代ではなくなり、森昌子も演歌に傾倒し、ピンク・レディーもくたびれてきた、そして山口百恵の衝撃的引退があった1980年に現れたのが、松田聖子である。私はどちらかといえば「花の82年組」の影響を強く受けているが、もちろんその頃のアイドルのトップランナーは松田聖子だったわけだから、もちろんよく聞いている。

何度もネタにするようだが、亡母はテレビで松田聖子が歌うたびに「ヘタクソ」と言っていた。ちなみに母は五十代になった五木ひろしを評して「歌唱力が落ちた」といったくらい採点が辛いのだが、まあボロクソに言っていた記憶がある。聖子世代のファンの方にとっては聞き捨てならないかもしれないが。

今なら思うに、デビュー当時の松田聖子の歌声は、元気なだけで表現力に欠けると言える。それと、当時の歌番組は当然生歌だったから、補正が効かない。それを評して母は辛い評価をしていたのだと思う。事実、松田聖子は歌手としては素材型だったのを促成栽培されたらしく、みっちり基礎を教えられていなかったのかもしれない。

しかし、その元気が取り柄の歌声も、「風立ちぬ」あたりから変わる。その原因は声帯の酷使によって声が出にくくなったもので、これで終わりでもおかしくなかった。しかし、それを松任谷由実が救った。今でも名曲に数えられる「赤いスイートピー」である。この曲なくして、八十年代のトップランナーたりえなかったと思う。

その後の活躍については語るまでもないと思うが、時が流れれば当たり前だが松田聖子も年を取る。表現力は飛躍的にアップしたものの、声帯を痛めた影響で声が出ない。紅白歌合戦などで聞くたびに、辛くて聞いてられなかった。無理してるなあというのが分かったから。

そして、一人娘をあんな形で失うという最大の悲劇が起こる。そりゃ自分だってあんなことがあったら悲しいを通り越して生きる気力を失うかもしれない。もともと芯の強い女性だとは思うが、それとこれとは別だ。おそらく、再びスポットライトを浴びる日は来ないかもしれない。

奇しくも、松田聖子と対比されたのが中森明菜である。彼女もまたいろいろあってメンタルを病んでしまった。還暦になってようやく音楽活動を再開したが、不特定多数の人前に出るまでは至っていない。この2人がこういう形で晩年を迎えたというのは、何とも物悲しいところがある。

話を歌に戻すと、松任谷由実と並ぶ松田聖子の救い主は松本隆だろう。元気だけが取り柄のお嬢さんの歌から、何ともいえない色気のある大人の女性の歌に仕立て上げた功績は大きい。本当に、そうでなければとっくに松田聖子の賞味期限は切れていただろう。

もうひとつ、コメディエンヌとしての才能も触れておかねばならない。かの8時だよ!全員集合でのコント担当も、キャンディーズ→桜田淳子→松田聖子と引き継がれるのである。だいたい二枚目役は芸なしでもできるが、悪役とピエロ役は才能がないとできない。その意味でも、このままフェイドアウトするには惜しい。しかし、もうできないだろうし、やったら痛々しくなってしまう。

野球選手に例えると、プロダクションが力を入れて売り出したアイドルをドラフト1位級とするなら、差し詰め松田聖子は育成枠からはい上がった趣がある。そういえば中森明菜も「スター誕生!」出身ではあるがデビュー当時は恵まれた境遇とは言えなかった。これだから、人を育てるというのは難しいのだろう。

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