今日の試合は、関東地方の災害級豪雨で中止になった。だが、それは救いでも猶予でもない。森翔平が流れに抗えず吹き飛ばされる未来が、ただ一日延びただけの話だ。飛び石日程が大連敗を誘発することは、長年の観察から明らかである。明日からのタイガース戦に勝てる要素は何ひとつなく、23イニング連続無得点のまま、補強も梃子入れもなく、ただ敗北の予感だけが濃く積み上がっている。この絶望は偶然ではない。カープは今、松田元体制の腐敗とエトミデート疑獄に覆われ、勝負以前の段階で自壊しつつある。勝ちに行くこと自体が不誠実な行為となり、ファンへの冒瀆が日常化している。だからこそ、我々はこの現状を直視しなければならない。カープは今、歴史的な危機のただ中にある。
中止は猶予ではない──延命された敗北の未来
今日試合があったなら、森翔平は流れに抗えず吹き飛ばされていたに違いない。しかし関東地方の災害級豪雨で中止となった。ああそうですか、という程度だ。死刑執行が一日延びただけの感覚である。先日も書いたように、飛び石日程は大連敗を誘発する。明日からタイガース戦だが、勝てる要素は何ひとつない。
才木に勝てる要素ゼロ──23イニング無得点の絶望
明日の予告先発は森下暢仁対才木浩人。森下がどれほど誠実な投球をしても、森下が取られる点以上に才木から点を取れる可能性はゼロに近い。そもそも23イニング連続無得点のまま、オフェンスの梃子入れをしたくても起爆剤がいない。補強を怠った当然の帰結だが、今季は「わざと最下位になろうとしているのではないか」と疑いたくなるほどだ。
エトミデート疑獄が招く「勝ちに行けない球団」
そう考えてもおかしくない。エトミデート疑獄に覆われ、それを自力で晴らすことができない以上、「勝ちに行く」という行為そのものが不誠実なパラドックスに陥っている。要するにファンへの冒瀆行為である。しかし、だからこそ応援するんだという頭の弱い向きがいるのでやってられない。
自称インフルエンサーの愚──歴史を直視しない者たち
筋の悪い自称インフルエンサーがXで垂れ流していた。「旧市民球場から今の市民球場に至る弱い時代もガラガラの時代も経験した。それをどうこう言うのは自らのアイデンティティを崩すようなものだ」と。全くおかしい。こういう莫迦がカープを駄目にするのだ。
蓋し以下のとおりである。
古葉政権の栄光を潰した松田元体制の罪
カープの「失われた二十余年」の前には古葉竹識政権の栄光があった。それをカープ自ら──はっきり言えば松田元が──ぺんぺん草も生えないようにしてしまった。その点に思いを致さないカープファンは間違っている。善意であろうと保護の対象にはならない。今のカープを考えるなら、松田元体制の誤りを批判しなければならない。それをスルーするのは、間抜けか害意があるかのどちらかだ。
野村謙二郎待望論の危険──カープにとどめを刺す選択
主にそういう向きから、次期監督に野村謙二郎を推す声がある。しかしもってのほかだ。彼が何をしたという。何ができるという。主力を我慢して育成したなどという悪い冗談も流れているが、大概にしてくれ。野村謙二郎などを監督に据えれば、本当にカープはとどめを刺される。あのくだらない解説を聞いて分からないなら、口を噤んでいろと言いたい。
松田家支配が招く“誰も来ない球団”という末路
近時は善意のカープファンでも、OB以外の指揮官や指導者を招聘せねば何も変わらないことは理解しているようだ。しかし、誰が来てくれるか。ひとつは松田家支配という不健全な体質が忌避され、もうひとつはエトミデート疑獄という不名誉を解消できない腐った体質を見透かされ、誰も来てくれやしない。だからこそ恥知らずの野村謙二郎が出てくるというスラップスティックが演じられるのだろう。
必要なのは赤色革命──白色革命に騙されるな
何度も指摘したが、今のカープを変えるには松田元体制、松田一族支配の打倒しかない。世が世なら血を流すほどの赤色革命が必要なシチュエイションである。だからこそ件の自称インフルエンサーなどを使って悪質な白色革命が起こるのだろう。Illichが語った如く、我々は内乱を革命に転化する備えをしておく必要がある。
我々の銃は言論である──分析し、言語化せよ
とはいえ、PANTA翁が歌った如く、ホンモノの銃を取って叫ぶわけにはいかない。我々の持つべき銃は、鋭く刺さる言論しかない。目の前の事象をよく見つめ、分析し、適格な言語として発する必要がある。今のカープの勝ち負けを反射神経的に言語化するだけなら、それは有害かもしれないと自戒を込めて思う。
草刈り場になる前に勝て──命がけの一生懸命を示せ
最後にひとつだけカープに対して思うことを書く。このままのんべんだらりと野球ごっこを続ければ、他球団の星取りの草刈り場になるだけだ。それが嫌なら勝ってみろ。いや、意地でも勝て。死ぬ気で野球をやれ。必死になって勝ちを取れ。今我々が見たいのは、こんな時だからこその「命がけの一生懸命」さである。
このまま、のんべんだらりと野球ごっこを続けるなら、カープは他球団の星取りの草刈り場になるだけだ。それが嫌なら、勝ってみろ。いや、意地でも勝て。死ぬ気で野球をやれ。必死になって勝ちを奪い取れ。今、我々が見たいのは、こんな時だからこそ露わになる「命がけの一生懸命」だ。体制の腐敗がどうであれ、疑獄がどうであれ、球団の歴史がどうであれ──最後に球場で示されるべきは、ただひとつの覚悟である。
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