現実ディストピア

スポーツ

前の東海シリーズは、まさに悪夢としか言えない結果となった。しかし、これが現実だ。これがカープの現実なのだ。これまでのカープの失敗の映し鏡なのである。これだけでも哀れだが、多くのカープファンがそれを悪夢だとしか思っていないことがもっと救われないのである。これは悪夢ではない。人為的に引き越されたDystpiaなのである。

何度も引き合いに出して恐縮だが、親愛なるKarlがちびの伍長の甥っ子を評した「次はみすぼらしい笑劇として」というのは真実だ。しかもカープは、二度どころか何百回も同じことを続けているではないか。ここまで来たら笑劇とさえ言えない。まさにDystpiaという言葉こそ相応しい。ホンモノの暗黒世界そのものだ。

そのDystpiaたる所以は、単なる悪夢の繰り返しではなく、ひとりの独裁権力者の意思に貫かれた暗黒世界である点だ。まさに松田元こそDystpiaの根源である。それを理解させないように、新井貴浩という哀れなピカロが「諸国民の王」として君臨しているのだ。こんな分かりやすい構造はないのだが、みんなそれを意図的に無視している。これこそまさに旧東ドイツ並みの監視社会類似のものといってよいかもしれない。

それでも、勝ったリウ負けたりして、優勝するかもしれないという期待を持たせたこともあった。三連覇という徒花もあった。しかし今は、およそ勝てる見込みなさそうな状況だ。そのあたりをライトなファンはとっくに見抜いて泥船から離れていった。しかし、我こそ正統を名乗る度し難いコアファンが大きな声を上げて喚いている。時に暴力を使って。

これもしつこく言うが、盛んに唱道される「投手を中心に守り勝つ」野球で成功した球団など過去に存在しない。強いチームは腹を据えて打ち勝つのである。「伝統の機動力野球」も嘘だ。古葉竹識監督の野球はあくまで点を取る野球であり、そのエッセンスが機動力だっただけだ。もちろん、守備力も高かった。しかし、守りはあくまでも得点力の婢だ。うまく得点力の歯車がかみ合わないときにディフェンスで封じ込める手があるにすぎない。

しかし、この当たり前のことが信じてもらえない。いや、ハジメ原理主義者に洗脳され尽くされ、全体的な思考力が低下しているのだろう。いや、思考をする意欲すら奪われているという方が正統だろう。それだけハジメ原理主義者の暴力は許しがたいほど厳しいのだ。私には効きもしないが。このクソ弱いカープの現状有姿を推せ、その教祖であるハジメに跪けという圧が強いのだ。

しかし、さすがにこの東海シリーズ2連戦の内容は悲惨である。少しずつ、これではおかしいという向きが増えてきていると信じたい。どう考えたって新井のアンポンタンぶりと選手の面従腹背ぶリが起こした連敗だろう。特にオフェンス。誰の目を気にしているのかなとしか思えないパフォーマンスだ。きっと意識しているのは新井でもハジメでも、もちろんカープファンでもあるまい。

おそらく、数年後には坂倉将吾も小園海斗も森下暢仁も床田寛樹も栗林良吏もいなくなるだろう。そのとき、カープはどうやって戦うのか。新井が平川蓮や佐々木泰や勝田成に拘り続けたのは分かる気がする。もちろん新井の意思ではあるまい。新井に意思能力はない。全ての決定権限はハジメにあるのだ。株式会社広島東洋カープをまともな会社だと思ってはいけない。これは一種の宗教団体である。

細木数子がモデルとされている「地獄に堕ちるわよ」ではないが、差し詰め今のカープはハジメになびかない者は地獄に落ちるぞという踏み絵がハジメ信者によって行われているのである。私は堂々と踏むし、そもそも三途の川の渡し守にすら追い返された人間だから、怖くもなんともない。今命が尽きようとしているかもしれないハジメを、生きてるうちに一掃して真っ当なチームを後世に引き継ぎたいのだ。

私にとっては、まさにこの現状こそが憂うべきDystpiaなのである。これを一掃して、Utopiaといわずとも明るい明日が見たいのである。その前に明日からの西宮三連戦をなんとかせんとねえ。書いた前距離、まず点が取れるかを心配しないといけないのが残念だ。このDystpia、本当に何年続くのだろうか。

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コメント

  1. Иван Иванович より:

    「別れる時には つめたく別れて 心が残るから」 
    個人商店・松田一族に対する思いが、コレ。

    現オーナーを忌避し、莫迦ファンとは違う、他所とは違う、という高みから見下ろしつつ、終わってる松田一族経営カープの勝利を願うという、倒錯したカープファン独特の雰囲気にも付いていけない。取り分け推しの選手がいるわけでもない。それでも尚「カープウォッチャー」という距離を置いた立ち位置から見ているのか?これはもう、腐れ縁以外の何ものでもない(笑)。

    ちなみに、上記の「別れる時には~」の歌詞の曲名は、「つめたい別れ」だ。中島みゆきが特別に好みというわけではなく、「つめたい別れ」には何と、スティービー・ワンダーが参戦しているので、彼のハーモニカを聴きたくて、時折視聴している。スティービーのハーモニカは秀逸。惚れ惚れする。やはり、本体がイマイチでも、助っ人が強力だと興味がわく。本来、エンタメとは、そういうもんでしょ。

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