「優勝を知らない子どもたち」を救いたい。

スポーツ

昨日は、呑んで帰って横になったらあっという間に寝付いてしまった。まあ、一日雨。もちろん由宇でのファーム公式戦も中止になり、貴重な開幕前調整機会が失われた。今日は大瀬良大地が由宇で投げるらしいが、果たしてどうなるやら。この結果如何によっては、今シーズンの大瀬良が終わってしまうかもしれない。

さて標題は、1985年にトラフィーバーが吹き荒れたときに作られた曲からのいただきである。もちろんこの曲自体ジローズの「戦争を知らない子供たち」の替え歌であるが、それはさておき。最後の優勝から無為の8年が経過して、カープファンの子どもたちの中には優勝を知らない世代が増えているだろう。これは由々しきことである。推すチームの勝利という成功体験なしにして、ファンであり続けるモチベイションは、起こりようがない。

ましてこれが「日本一」になると、もう42年になる。子どもたちどころか、ファンの大多数がその歓喜を知らないという状態である。これは絶対におかしい。何も毎年優勝して日本一になれとはいわないが(そうあってほしいけど)、せめて五、六年に一度くらいは定期的に優勝してほしいと望むのは、いけないことなのか。

それをいけないというのが、今のノイジーカープファンの見解であるらしい。カープはその存在自体唯一無二の物語性を持つのだから、それに抵触することはあってはならない、まして金をかけて優勝を取るなんてもってのほかという向きが、非常に多い。弱いカープを愛でよという、負の同調圧力を感じるのである。

本当に、莫迦莫迦しいというか忌々しい。推しのチームが強くあれと祈ることを否定するのだ。こんなの、はっきり言ってカルトだ。まっとうなファンのあり方ではない。しかし、何でも声が大きい方に流れるのが現代のSNS時代の最大の欠陥である。だからカルトやカルトまがいの言説が罷り通るのだ。それを支えるのが、メディアリテラシィのない向きなんだろう。

柄にもない方向にそれてしまったが、今や純粋な心情、野球選手が結果を出し!チームの勝利に結実し、ペナントを争うことを祈るということさえ否定されているのだ。それを産み出し、さらには弱いチームで私腹を肥やすという悪のビジネスモデルを作り出した男こそ、松田元である。彼奴はそれにとどまらず、カープファンの中に選民思想を持ち込み、分断させることにも成功した。本当に腹立たしい。

ハジメの作り出したカープファンヒエラルキィの中に、ファンは閉じ込められた。それから外れようとするファンには、ヒエラルキィ上位のノイジーカープファンから暴力的言辞や、果ては生の暴力までに晒される。私はそんなもん屁とも思わないし、フザケンナバーカアッチイケでしまいだ。しかし、彼らの目的は枠外のファンを統制することではなく、その姿を見せることにより枠内のファンを恐れさせることなのである。なんのことはない。人民民主主義共和国的なやり方だ。

だから、親愛なるKarlのいう「歴史の発展法則」を引かないまでも、こんなモデルは早晩崩壊するはずだ。旧東欧諸国がそうだったように。だから敢えて私は声高に今の体制をカルトだはだかの王様だと訴え続ける。涙をこらえて歌うことだけで済ませたくはない。こんな腐ったシステムを崩壊させることが、後世のカープファンに対する責務だと真剣に考えている。

そうしないと、今度はカープというチーム自体が滅びてしまうかもしれない。いつかハジメも天命が尽きる。その時は皮肉にもカープの終わりの始まりになりかねないことは昨年末も書いた。だから、ハジメが生きているうちに打倒しなければならない。今は、いろいろとそのチャンスであるのだ。とにかく、いっときも早く「優勝を知らない子どもたち」をなくしたいと思っている。

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