1月31日。通例ならば明日からスプリングキャンプが始まり、失意の底にありながらもほんの僅かな希望をもつことができる、はずだった。何のかんのと毎年言いながら、この時期は夢を見ていたのである。夢を見ることが許されていたのである。
しかし、今年は、そんな僅かな夢を見ることすら、断たれてしまった。
羽月隆太郎を発端とした今回の一件は、きっとカープを野火の如く焼き尽くすだろう。これが羽月ひとりの不心得な行動とは、とても思えない。きっと連座する選手が出てくるだろう。その時に、カープはどうやって戦うのだろうか。ただでさえ選手層は薄いのである。もし主力級の選手が連座したら、冗談抜きで100敗はするだろう。
いや、カープの戦力がどうのと言う話ではない。もはやカープがペナントレースに参加する資格ありやという大問題なのである。何度も言うが、エトミデートの施用というのは立派な薬物の濫用なのである。しかもそれが半ば常習的だったとしたら、組織ぐるみだったとしたら、そんなの他球団に対して申し開きができない。
しかし、「失われた二十余年」を耐え抜いた我が身にとっては、そのピンチをチャンスに変えることを考えるほかない。明日の夢が見えないからと言って、永遠に下を向き続けるのか。そこに立ち止まり続けるのか。絶望を友に死すのか。答えはNeinだ。明日が見えなきゃ、未来の夢を見ればよい。未来は摑み取るものだ。幸せが歩いてこないなら、歩いて行くまでだ。
まだ今回の一件にどれだけの選手が連座するかは知らない。しかし、それは新たな血が入るチャンスでもある。血が澱んだ今のカープにとっては、実は格好の妙薬かもしれない。こうなったら、逆に多くの選手が連座していてほしいとさえ思えてしまう。赤ヘル原理主義者、純血主義者は卒倒するだろうが、私のようなNomadにはその方が合うのかも知れぬ。
明日からJSPORTS1でキャンプ中継があるが、まあ半ば醒めた目でみることになるだろう。正直なところ、この中にどれだけ目の前の野球に集中できている選手がいるだろうと思ってしまう。だから、もし連座しているのなら今潔く腹を切ってほしいとさえ思う。羽月のように無様に留置場暮らしをして、自分の過去の看板に傷を付ける前に。
はっきり言って、現在は絶望しているし、カープには失望している。しかし、それは一瞬だ。今ファンにできることは、新たな赤ヘル軍団の屋台骨造りと看板の書き換えをサポートすることだ。絶望や失望を改革に、いや、大島渚流に言うなら「革命」に転化することこそ、私の使命なのかもしれない。そう、勝手に思っている。
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コメント
真の問題は「独裁オーナー制の限界」であり、今回の事件の本質は羽月ではなく、松田元オーナー体制の構造的欠陥だと言っても過言ではない。
カープは長年、オーナーの強い統治、フロントの閉鎖性、主力選手の低年俸構造で成り立ってきた。選手のモチベーションを長期的に維持する仕組みが存在しない。
小園の低年俸問題は象徴的。チームの攻撃面で最も貢献するも、年俸は抑え込まれる。一方で、実績の乏しいベテラン&中堅が高年俸で残留。これは 「成果と報酬の非連動」 という、組織の根本的欠陥である。成果主義でも年功序列でもなく、[オーナーの好みと内部政治]が報酬を決める構造になっている。これでは、優秀な若手ほど早く出ていくという負のスパイラルが止まらない。
カープの“転落”は偶然ではなく、構造的必然である。羽月がいなくても、別の形で破綻が起きていただろう。
“独裁オーナーの老朽化”が最大の問題であり、羽月は“症状”に過ぎない。