続・空想から科学へ。

スポーツ

一昨日、昨日と共通テストが行われていたから言うわけではないが、受験生を悩ませるものに「偏差値」がある。しかし、これは確率・統計をやっていれば分かるものであって、あくまで平均点からどれだけ差があるかという指標にすぎない。100点もみんなで取れば平均点、すなわち偏差値50である。今は亡き金ピカ先生言うとおり、これは受験料を節約するためのツールである。

共通一次の時代から、あくまで指標となるのは点数である。点数は積み上げだ。自然数の世界である。いかに点数を取るかというのが受験必勝法であることはいうまでもない。唯一の例外は論文試験で、ある程度守って失策を防がねばならない。論文の書きミスは全部を駄目にするくらいのダメージがあるから難しいのである。しかし、それも加点要素の積み重ねが必要であるのだが。

野球だってそうだ。基本は点の積み重ねである。一方で取られた点を削ることはできない。受験と一緒だ。いかに点を積み上げることだけに心を砕くべきであり、防ぐことは二の次三の次である。しかも取られたら取り返すことが許されている。27個アウト取られるまでに相手よりたくさん点を取ればよいというルールなのだから、それを最大限に活かせばよいのだ。

そんなことは、当たり前すぎて科学という言葉を使うのも憚られる。ところが、カープファン界隈ではそれを覆そうと非科学的かつ空想的な言説が罷り通ろうとしているのである。そんな彼らに科学的なアウラを与えてくれるのが、UZRという指標である。その高さはレギュラーへの近道であるかのように喧伝されているのだ。アホかといわざるを得ない。

UZRも所詮指標のひとつである。指標だから万能ではない。その欠点はググるかAIにでも聞いてみればすぐ教えてくれる。もっと致命的なのは、UZRの高さで得点能力の低さが相殺できると思い込んでいることである。これはもう非科学を通り越して宗教だ。いや、宗教界からクレームが来るかもしれない。カルトという方が相当だろう。

確かに、野球というのは確率のスポーツだ。まさにセイバーメトリクスの数値は確率が基礎にあることはま間違いない。しかし、ベースの違う確率論を比べることはナンセンスだ。打率、防御率、守備率に連関性があると考えるおめでたい向きはそうそういないだろう。しかし、カープファン界隈はそれが理解できないのである。よって、極端なまでに守備指標重視の言説が述べられるのだ。

まあ、はっきり言ってしまう。その理由は、矢野雅哉を処遇したいからだ。矢野雅哉が小園海斗より優れたプレイヤーであることをどうしても示したいからだ。要するに、前提が「仕込み」である確率論なのだ。通常こういうのは「ウソ」「デタラメ」というのであって、言うほうが恥ずかしいものなのであるはずだが、彼らは堂々とそれを言うのである。

その理由?何度まで言わせるつもりなのか。彼奴らはハジメと共犯だからである。ハジメとの近さは彼らにとってのステイタスなのだ。だからハジメの望むとおりの言説を述べる。「かーぷぶーん」とか言うクソサイトなんてその典型だ。いったいあいつらはハジメからいくらもらって書いてるのかという気がしてならない。そうじゃなきゃ、あれだけ恥ずかしいこと書けないよね。

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