先日の記事で、平成に流行ったモーニング娘。の曲が娘の世代によって今聴かれていることは書いたところである。そう言えば昭和歌謡が最近の世代にも刺さっているとのことで、ならどれくらい遡っても流行る要素があるかということを真面目に考えてみたい。私は1969年生まれで女性歌手なら花の中三トリオからキャンディーズ、ピンクレディー、松田聖子から花の82年組という経過を辿るし、男性歌手ならやっぱり新御三家とジュリーだ。ただ、古い歌も結構ライブラリにある。
昭和歌謡と行っても幅広いが、今刺さっているのはやはり昭和五十年代以降の曲なんだろう。確かに名曲が多いのだが、これはプロ作詞家最後の爛熟時代ということも言えるだろう。阿久悠、松本隆、阿木燿子、来生えつこなどなど。その上に一流のメロディメーカーがいた。筒美京平、都倉俊一、大瀧詠一などなど。いい歌が出来ないわけがないのである。今の自称シンガーソングライターが逆立ちしたって太刀打ちできないくらいである。
それ以前ではどうだろう。小柳ルミ子なんてリメイクしたらいい線行くかもしれない。尾崎紀世彦の「また逢う日まで」とか水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」など今でも使われている曲もある。チータなら「ありがとう」というヒットドラマの主題歌もあってなかなか良い。ピーターの「夜と朝のあいだに」は元祖中性的アイドルのヒット曲である。荒木一郎なんてもっと評価されて良いだろう。
いや、もうひとつ。アンドレ・カンドレの「カンドレ・マンドレ」。まあこれはもうコアなファンの方ならご存じだろう。言うまでもなく井上陽水のデヴュー曲である。幻想的な歌詞とメロディは今聴いても刺さるかもしれない。井上陽水は早く生まれすぎたのだろうとさえ思える。各種サブスクにはないようだが、探してでも聞いていただきたいくらいだ(別の人が歌ったものならYoutubeにあるけど)。
ここからさらに遡ると、御三家なら橋幸夫のリズム歌謡が良いかもしれない。西郷輝彦の「星のフラメンコ」とか「星娘」なんて今でも刺さりそうな気がする。舟木一夫は青春歌謡路線なので少し時代性が出てしまうか。でも「高校三年生」はいけそうだ。同じ路線なら三田明の「美しい十代」なんてザ・青春歌謡という感じでそのティピカルさがかえって刺さる可能性もある。ちなみに三田明と吉永小百合のデュエット「若い二人の心斎橋」はなかなかしびれるものがある。
少し路線を変えると、ここまで世代が遡ればハナ肇とクレージー・キャッツを外すわけにはいかない。主に青島幸夫の手になる一連の「無責任ソング」こそ戦後歌謡のひとつの金字塔だ。彼らはもともとジャズバンドなのは言うまでもないが、その前のジャズ・コンブームの立役者・トニー谷の「さいざんす・マンボ」「チャンバラ・マンボ」なんて今の世代に聞かせたら驚くかもしれない。
話を戻すと、ナベプロ三人娘は今リメイクしても通用しそうだ。もっとも鬼籍に入った園まりはともかく、伊東ゆかりも中尾ミエもバリバリの現役だから失礼か。映画爛熟時代の石原裕次郎や小林旭も良いが、赤木圭一郎の「霧笛が俺を呼んでいる」を推したい。アキラさんには、コマソンになった「赤いトラクター」という名曲もある。
さらに遡ると、戦後三羽烏くらいになると少し時代性が出てしまうが、むしろここは藤山一郎だろう。割と古めかしい歌が多いのだが、古典は案外残るのである。やっぱり「青い山脈」だろうか。ちなみにこの曲が実はデュエット曲だったことを知る人ももう少ないだろう。淡谷のり子、笠置シズ子となると朝ドラでリバイバルヒットを果たしているが、もっとリメイクされて良いかもしれない。野球ついでに言うなら「ホームラン・ブギ」という曲があって、確かフジテレビ系列のナイター中継テーマでリメイクされたはずだ。
最後にひとつ、戦後のブギウギブームに乗って作られた一曲に、市丸姐さんの「三味線ブギウギ」という曲があることは前に書いた。これ絶対フルバンドでリメイクしたら刺さる曲になると思っていた。過去形にしたのは、もうあるからだ。東京の寄席の色もので俗曲を歌っているうめ吉姐さんが”Umekichi”名義で出した「蔵出し名曲集リローティッド」というアルバムの中にバッチリとあったのだ。それを山野楽器銀座本店で聞いたときはやられた、と思った。これはリマスター版がサブスクに入っているので、是非聞いてみていただきたい。
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コメント
管理人さんが昭和歌謡のレアケースを真面目に考えておられるのと対照的に、俺は不真面目にミーハーっぽく述べてみようかと。
キャンディーズって基本ユニゾンやね。それをオトコ連中(男声)がハモり、振り付けアリで「年下の男の子」を歌うと・・・学童低学年以下には受ける。
P・Lの「UFO」はユニゾンでも振り付けだけで、園児以下には受ける。
「昭和枯れすすき」は冒頭の歌詞”貧しさに負けた、いぃえ世間に負けた”もうこれだけで、ワカモンに受ける。
少し真面目のほうへ寄ると、管理人さんが挙げた歌手で共感できるのは、藤山一郎と井上陽水かな。前者は言うまでもなく東京藝大出の本格派で歌唱力が歌謡界では頭抜けている。「丘を越えて」は軽快な曲調と歌詞でノリがいい。次点で霧島昇。彼も音大(東京音大)出の本格派。「誰か故郷を想わざる」はいいねえ。
井上陽水の作詞は、文学・絵画・哲学・ナンセンス・ユーモアが同時多発的に起きている現象に近い。文脈が突然切り替わる、主語が曖昧なまま進む、形容が抽象と具象を行き来する、普通の情景に説明不能な比喩が滑り込む。文学的だが、文学に回収されない→物語を語らない、心情を説明しない、主題を固定しない。
「ジェラシー」の歌詞で、”ワンピースを重ね着する君の心は”の部分は、比喩の対象が途中で入れ替わる典型的な陽水の飛躍がおもしろくて印象に残るフレーズ。その後に続く歌詞が”不思議な世界をさまよい歩いていたんだ”って、それはアンタ(陽水)のことでしょ、と。君の心を語るフリをして、実は自分の迷走を告白しているという、陽水特有の“すり替え芸”やね。だからこそ、聴き手は「意味不明だけど妙に気持ちいい」という状態になる。
他、好みでいえば、ムード歌謡かな。黒沢明とロス・プリモスの「ラブユー東京」 ロス・インディオス&シルビアの「別れても好きな人」←これ、曲名が気持ち悪いよね、ストーカーっぽくて(笑)。ムード歌謡で一番の好みは、クール・ファイブ、てゆうか前川清の独特な歌い方がツボにはまる。「深くゆっくり揺れるビブラート(バイブレーション)」+「語り口調の延長のような節回し」+「低音部の少しだけハスキーな渋さ」この三つが組み合わさって唯一無二のスタイルになっている。
「そして神戸」のサビ”そしてひとつが終わり そしてひとつ生まれ 誰かうまい嘘のつける 相手さがすのよ”は、音の飛び方は意外と難易度が高く”そしてひとつが終わり完全5度跳躍(ド→ソ)、「そしてひとつ生まれ」でさらに長6度跳躍(ラ→ファ♯) に近い大きな跳躍という、昭和歌謡としてはかなり大胆な“上下の大跳躍”が連続している。で、サビの後半歌詞「誰かうまい嘘のつける 相手さがすのよ」って、何だかねえ。感情のねじれを一行で表現している。本当は「嘘なんてつきたくない」でも「嘘つかないとやっていけない」しかも「嘘つける相手を探す」という、主体がどこにあるのか曖昧な倒錯感。この“感情のねじれ”が、前川清の低音の語り口調と相まって、妙にリアルで切ない。
ちなみに、俺の専門分野は1番目がヘビメタ2番目がクラシックどす。