11点取って勝ったはずの試合だというのに、胸に残るのはスッキリとした爽快感ではなく、重苦しい白け感と徒労感ばかりだ。坂倉の一発で拾ったような勝利の裏で、捕手陣の課題や不可解な小園海斗の二軍落ちなど、手放しで喜べない要素が山積している。本稿では、この「勝っても冷めてしまう試合」の正体を分析するとともに、現場の迷走と球団フロントが抱える根深い闇に切り込んでいく。
叱られるのを承知で、はっきり言わせていただく。実につまらない試合だった。勝てばいいというものではない。今日など早いイニングで余裕勝ちできた試合である。7回裏の持丸のタイムリーはほっとしたのを通り越して「やれやれ」と思ったし、8点取ったと言っても伊藤茉央がお誂え向きの甘い半速球を投げ込んでくれたからに過ぎない。要するに、「だから何?」と言いたくもなってしまうのだ。
大勝にも「やれやれ」。白けた試合を救った坂倉将吾の一発
お立ち台には持丸泰輝と辰見鴻之介が上がったが、本当の殊勲甲は坂倉将吾だ。どうしようもない怠くて重たい展開を、ホームラン一本で打開したのだから。これがあったから勝てた。あの場面、きっとヒットや四球だったら点にならなかっただろうとさえ思う。相手先発は百戦錬磨の大野雄大なのだから、老獪にかわされて終わる展開は容易に推測できる。
持丸泰輝の打撃と守備。プロで飯を食うための「覚悟」はあるか
持丸の猛打賞・3打点・逆転タイムリーは褒めてよいのだが、サノーに2打席連続ホームランを許したディフェンス面で大きく割引だ。申し訳ないが、彼は思い切って打撃に専念すべきである。プロで飯を食いたいならば。彼のキャッチングとリードはプロの見せ物ではない。もっとも今のままでは寸足らずになるのは目に見えているから、死ぬほど振り込んで打撃を固めなければならないだろうが。
試合内容は、この程度にしておく。と言うより、書けば書くほど白けてしまうのだ。大勝すればいい勝ち方というわけではないし、強くなった証明ですらない。あのどうしようもないくらい弱かった1985年秋の南海ホークスが、25-2という歴史的圧勝をしていることからも明白だ。むしろ、「しゃんとせい」と横っ面をひっぱたいてやりたくなる選手がいたことだけを記しておきたい。
「小園海斗の二軍落ち」に感じる違和感と、新井采配の底の浅さ
さて、今日の試合前の公示で小園海斗がファームに落とされた。新井監督はあれこれ理由をつけて「小園のためを思っての調整」と言っていたが、嘘だろう。明らかにこれは何らかの懲罰的要素があり、かなりの確率でグラウンド外での出来事によるものであることは推測に難くない。いくら「違う」と周囲が庇おうとも。蓋し、これは最低最悪の策だと思う。
まず、この入れ替えが単なる懲罰なのだとしたら、下の下だ。そういう時こそ小園に代わりうるだけの選手が居なければ意味がない。申し訳ないが、勝田成じゃまだまだ顔じゃない。西川篤夢なんてとてもとても。要するに、斬るだけで代わりがいなければ危機感など生じるわけがないのだ。そのくらいは新井の少し足りない頭でも理解できるはずだ。ではなぜ、これを決行したのか。
かなりの確率で、グラウンド外での問題、すなわちエトミデート疑獄が関わっていると言うべきだろう。実際に小園がどの程度関与しているかは分からない。しかし、相当程度疑わしい形跡があることは察がつく。ただ、このところの小園は打てていたから斬る口実がなかった。そこに一昨日の連続ミスというタイミングをとらえて、体よく隔離した――と私は推理する。
松田元の浅知恵と、緩やかな自死へ向かうカープの未来
こんなもの、後先を考えていない愚策でしかないのだが、早い話が松田元の浅知恵であることは容易に想像がつく。こんな不合理が罷り通るのが現代の独裁というものだ。松田元は目先の金儲けと自分に火の粉が飛んでこないことに汲々としているから、こんな愚行に及ぶ。しかし、少しずつではあるが、この体制の不健全さが流布されつつあるようだ。妨害はあるにせよ。
ちなみに、今日の入場者数は2万3968人。実数はその6割か7割だろう。いかに週末のホームゲームがアウェイファンで占拠されていたかが丸わかりだ。このままでは、カープは緩やかなる自死へ向かってまっしぐらである。それを止めるのも進めるのもファン次第なのだが、今の善意のファンは着実にそれを進めてしまっている。それが私には悔しくてならない。
目の前の1勝に誤魔化され、歪んだ構造から目を背け続けることこそが、クラブの未来を一番に脅かす。不満や疑問を感じながらも「ファンだから」と無批判に受け入れるだけの姿勢は、もはや愛ではなくただの怠慢だ。この歪な状況に終止符を打つために、ファンである我々がいま何を考え、どう行動すべきなのか。一人ひとりが真剣に向き合わなければならない時に来ている。
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