野球の神は、時に残酷なことをする。

スポーツ

不詳この私、スターターを見て、6番羽月という野球を舐めたようなオーダーに打ちのめされた。よって、こんな試合どうでもいいやとばかりに流していた。それでも、末包のタイムリーで先制点を取った時点では、やはり優勝するときにはこうやって桎梏から放たれていくのかと思ってしまった。

一瞬でも、そんなことを思った自分を、今は恥じるしかない。プロ野球というものは、およそ優勝しようとする戦いにおいては、そんなものは甘い感傷でしかなかったのだ。

はっきり言って、新井がなぜ6番羽月などというミスキャストをしたのかは分からない。かつて佐々木朗希からヒットを打ったというが、そもそもこのところは速い球にはまるで合っていない着払いを繰り返しているバッターである。なぜ髙橋宏斗を打てると思ったのか、理解に苦しむ。菊池を休ませたいという意図は分かったが、ミスキャストはミスキャストだ。そんなもので事は起こらないのだ。

そう、野球の神はもっと残酷な差配をした。今のカープの躍進の象徴のように持ち上げられている矢野が、2度も続けて守備でやらかし(ひとつはヒット判定だが)、それが全部得点になるように仕向けたのである。要するに、一部カープファンが信奉する「守り勝つ野球」の全否定である。打てなきゃダメだ、点取れなきゃダメだ。そうでなきゃこれからの戦いは勝てないよということを、実に分かりやすく教え給うたのだ。その意味では、この敗北はチーム全体で重く受け止めなければならないだろう。

私は、その矢野のやらかしによる2失点ですべてを悟ったため、以後の試合は文字列を含めて見るのをやめた。普段ならそれでも何かあるかもしれないと思っただろう。それに、昔藤井寺球場で3-10で負けただろうと思って席を立ったら11-10で勝ったなどという経験がある。だから少々のことではあきらめないのだが、今日に限ってはぷつんと切れてしまった。当たり前のように負ける姿は見たくないし、それに対する反撥心も見られない試合は、そもそも見せるに値しないだろう。

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カープファンはなぜか今の野球を絶対善のように褒めそやし、そして新井をとてつもない名将のように扱うのだが、私にはよく分からない。今のカープの野球は、ちっとも見ていて面白くないし、そもそもチームの勝利に貢献しない。だって、打てない上に補強を拒んだんだから。ありえない。正直に言って、もし今年カープが優勝を逃したら、新井は進退伺いを出すべきだ。なぜかって、野球の筋が間違っているんだもん。

結局、間違った努力は、絶対に実を結ばないのだ。なぜかカープが追い求めてきた「守り勝つ野球」などというのは間違いなのだ。正確に言うと、これは点を取って勝てるチームのお作法なのであり、守ることで何か事を起こすものではない。守る=点をやらないという等式が成立するほど甘いものではない。いくら守ったって、チーム防御率が2点を切ることなんてないのだ。1試合3点は取られることは所与の前提としなければならない、すなわち、まず3点くらいは取りに行くことを考えなければならないのがプロ野球である、

もちろん、この敗北が直ちにペナントの行方を左右するとは思わない。そのためには、点を取る野球をやろう。そうすれば、必ず打開できる。南海「百万ドルの内野陣」は、西鉄山賊打線に苦杯をなめ、そのために「400フィート打線」が完成したのである。今からでも遅くない。マゾヒズム的「守りの野球」を捨てよう。ディフェンスが嵌まれば確かに美しいかもしれないが、野球は点取りゲームであって採点競技ではない。

蛇足ながら付け加えると、羽月はもちろん、矢野も敗北に責任を負う必要はない。正確に言うと、勝敗の責任を取るには家賃が高すぎるのだ。責任を感じる暇があったら、練習だ。まだ彼らの身分はその程度だ。

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